Vol.104「しゅすの靴」 クローデル

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しゅすの靴 le Soulier de satin(1928-29,44)詩劇
ポール・クローデル Paul Claudel(1868-1955) 詩人・劇作家
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あらすじ
《秩序が理性の喜びだとすれば、無秩序は空想力の快楽である》(序曲)。進行係の〝広め屋〟によれば、《この劇の舞台は世界です。とりわけ、16世紀末、さもなくば17世紀初頭のスペインです》。ヨーロッパ、アフリカ、南米にわたる広大な空間と、20年以上の歳月にまたがって展開するこの長大な作品の細部は複雑で、多数の人物がそれぞれの運命を直線的に情熱的に追求する。その骨組みとなるのは、勇将ドン・ロドリーグのドニャ・プルエーズ(大法官ドン・ペラージュの妻)への不可能な恋である。ロドリーグの魂に呼ばれているのを感じたプルエーズは、はいていたしゅすの靴の一方を脱いでマリヤ像の手に預け、たとえ罪の中に身を沈めようとも、片足でびっこを引きながらとなることを示し、夫の家を去る。
『真昼に分かつ』(1906)の女主人公のように姦通の罪にひたるのではない。夫のもとを離れても、ロドリーグと暮らさない。彼女を恋する邪悪なドン・カミーユが征服し守備するアフリカのモガドール城の女城主となるのも、彼女の真意を理解できない夫が、王の名において命じたからである。そして追って来たロドリーグに、彼の言う愛が実は肉体的なものにすぎないと指摘。彼の愛を導くために退ける。
10年後、夫ペラージュはすでに死に、ロドリーグは何年も南米におけるスペイン副王の高位にある。かつて弱気の瞬間にロドリーグの救いを求めて海に投じた彼女の手紙は、さまよい続けている。彼女はカミーユの魂の救いのためにその求婚に応じ、ロドリーグを忘れるという条件を受け入れる。遂に手紙を手にしたロドリーグが全スペイン艦隊を率いて到来、戦闘を恐れたカミーユは妻プルエーズをロドリーグに提供しようとする。プルエーズはロドリーグに彼女の愛が地上のものでないことをついに覚らせ、別れる。
さらに10年後、プルエーズは死に、地上のすべてを捨てたロドリーグは新王を怒らせて地位を失い、ついには奴隷にされ、もはや人間のことばを解さない道化となる。ロドリーグが精神的実子として育てたプルエーズとカミーユの娘は、伝道のために南米に出発する。
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解説
1919年から1924年まで、パリ、コペンハーゲン、東京で書きつがれた。昔のスペイン劇風に、〝4幕〟と言わず〝4日〟とし、4分冊で、1928年から翌年にかけて出版された。副題は《最悪のことはいつも確かなわけではない、4日のスペイン劇》。1943年、占領下のパリでジャン=ルイ・バロー演出により、コメディ・フランセーズで初演された。バローと協力して、第1日と第2日を第1部、残りを第2部とする短縮した形を作り、序曲とエピローグを付けた。この上演台本が1944年版である。ロドリーグはプルエーズに導かれ、恐るべき苦痛に耐えて神の掟に従い、地上の帝国を自由にしながらも心むなしかったが、富も権力も身体の自由も失うに至って、ついに魂の自由に達する。黄金時代のスペインが拡大した版図と権益を次の時代に失いながらも、カトリック教会の領域を拡めたことだけは残したのに等しい。この詩劇の最後は《捕われの魂ともの解放!》という叫びだ。クローデルの根本主題がすべて展開されている。
「しゅすの靴」
著者: クローデル


