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Vol.102「荒地」 エリオット

Photo 下記の作品案内は、代表的作家の生涯・主要作品が要領よく解説され、さらに充実の翻訳文献を付した、現在入手しうる最良の文学案内として好評を得ている世界文学シリーズからの一冊、「アメリカ文学案内」(朝日出版社)より引用しています。


荒地 The Waste Land(1922)長詩

トマス・スターンズ・エリオット Thomas Sterns Eliot18881965 

詩人・小説家・劇作家

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モダニズムの一大傑作

 

 全433行。エリオットが批評で主張した「非個性論」を実践しつつ、それまでの価値観が崩壊し、社会的・精神的・文化的に荒廃した第1次世界大戦後を直視した作品。作者エリオットに関しては、最初の妻ヴィヴィエンヌへの態度が冷酷であったとか、実はファシズムに密かに親近感を抱いていたのではないかという疑惑、また、人種的・性的な偏見、特に、反ユダヤ主義や女性恐怖症だったという推測などによってかつての名声に翳りが見えるが、『荒地』そのものは、世紀が改まった今もなお、世界中の詩人たちが読み直す作品であり、今もなお、影響の大きい作品である。

 

 

 

荒地としての『荒地』

 

 断片手法を最大限に利用した『荒地』は、「死者の埋葬」(The Burial of the Dead)、「チェス遊び」(A Game of Chess)、「火の説教」(The Fire Sermon)、「水死」(Death by Water)、「雷の言ったこと」(What the Thunder Said)の5部で構成され、生・死・再生が基本主題であるが、各部の長さ、各連の形式や行数がまちまちであり、どのような統一原理で構成されているか不明である。

 

 劇的独白、断片的な会話、入り込む意識の流れ、歴史的事実や神話の断片、英語以外のラテン語やギリシャ語、ドイツ語、フランス語、サンスクリット語の引用、ダンテ、スペンサー、シェイクスピアその他への引喩で成っている。聖杯伝説、漁夫王伝説、あるいは、フレイーザーの『金枝篇』などを踏まえたと指摘されるが、これらも引用言及対象であり構成原理と考えるのは難しい。

 

 『荒地』には確かに文明再生の願いが秘められているが、表面に浮上することがない。言い換えれば、『荒地』とはまさに「荒地」ではあるが、ただし、出現し消滅しまた再出現する類似のイメージを追うことで、ある種の希望を見つけることができるのなら、肥沃な荒地に変わるであろう。

 

 『荒地』の最後は、ヒンズー教聖典『ウパニシャッド』から「与えよ 慰めよ 制御せよ/静まれ 静まれ 静まれ」(“Datta.Dayadhvam.Damyata./Shantih Shantih Shantih”)を引用して終わる。断片にしろ救済を求めると思える真摯な探求心と、いたるところに出現する思いがけない言葉どうしの結びつきがこの作品の評価を高めている。

 

 

 

パウンド半分削除

 

 『荒地』が献じられているパウンドが、もとの原稿を約半分削除した。エリオットはその後、新しい詩句も挿入して再構成し、22年の季刊文芸誌『クライテリオン』(The Criterion)第1号に掲載。パウンドの朱が入った草稿である原『荒地』は、71年に刊行された。

  【名句】April is the cruellest month, breeding/ Lilacs out of the dead land, mixing/ Memory and desire, stirring/ Dull roots with spring rain.The Waste land,I The Burial of the Dead”)「4月がいちばん残酷な月だ 引きずるように/ライラックを死の国から引き出し 混ぜ合わせるのは/記憶と欲望 掻き立てるのは/愚鈍な根 そこに春の雨を降らせる」(死者の埋葬)


「荒地」

著者: エリオット

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2012/02/22