Vol.94「ヴァインランド」 ピンチョン
下記の作品案内は、代表的作家の生涯・主要作品が要領よく解説され、さらに充実の翻訳文献を付した、現在入手しうる最良の文学案内として好評を得ている世界文学シリーズからの一冊、「アメリカ文学案内」(朝日出版社)より引用しています。 |
トマス・ピンチョン Thomas Pynchon(1937-) 小説家
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アメリカを探して
ヒッピー世代の子供である14歳の少女プレーリィ(Prairie)による母親探しを通して、ピンチョンはテレビドラマ・映画の一場面を散りばめたような抱腹絶倒のアメリカ探しを読者に提供する。プレーリィが知ることになる母の姿の中に、「ファシズム」のアメリカと、対抗文化が花開き理想郷を築こうとした1960年代的アメリカという、ふたつの国家理念の深刻な対立が浮かび上がる。
また、主に60年代から84年までのポップカルチャー、特にテレビ・映画に対する言及を氾濫させることで、60年代的精神を混在させながら、84年当時の映像漬けになった人々の現状を描き出す。ふたつの時代の交差・対立の中に、真のアメリカとは何かという問いかけが見える。
理想の崩壊と回復の夢
1984年、第2次レーガン政権下のカリフォルニア州の架空の土地ヴァインランド郡。未だに60年代のヒッピー精神を生きる滑稽で愛すべき駄目男ゾイド・ホィーラー(Zoyd
Wheeler)は、精神異常者に支給される生活保護を受けるため、毎年ガラス破りという奇態を演じている。ある日、かつてゾイドの妻フレネシ(Frenesi)を奪った連邦検事ブロック・ヴォンド(Brock Vond)が麻薬撲滅運動の一環と称して、ゾイドの家を差し押さえてしまう。ヴォンドはニクソン政権下で反体制運動の弾圧に手腕を発揮した「ファシスト」である。
ゾイドの娘プレーリィはまだ見ぬ母フレネシを捜す旅に出て、かつて革命映画制作部隊で母と共に活動した女忍者DLに会う。DLは以前ヴォンド殺害計画に巻き込まれ、ヴォンドの身代わりの日本人タケシに一年殺しの術をかけてしまい、その償いのためタケシのパートナーを務めている。タケシは、無念のあまり成仏できず地上を彷徨う死者タナトイドたちを相手に、カルマ(因果応報)の精算を代行するビジネスを行っている。
プレーリィは、DLの話、コンピューターのデータ、残されたフィルムから若き日の母フレネシの姿を再現する。そこに現われるのは、学生運動、反戦運動、ドラッグ、ロックンロールの60年代という激動の時代に、革命の理想に憧れながら裏切り者に変貌していく女の姿であり、アメリカのひとつの理想が崩壊していく過程である。
69年、南カリフォルニアのサーフ大学の学生たちは州から独立を宣言、ロックンロール人民共和国を樹立する。この運動弾圧の任務を担ったヴォンドは、共和国樹立の記録映画を撮っていたフレネシを誘惑し利用する。フレネシはヴォンドの指示通り、運動の指導者にFBIのスパイの汚名を着せ、死に追い込む。
そして時は84年に戻り、フレネシの一族が集まるサマーキャンプ。母との再会、ヴォンドのプレーリィ拉致計画失敗、そしてヴォンドの死を経て、プレーリィは最終的に「ファシスト」の脅威から解放される。アメリカ建国より遙か前の11世紀、ヴァイキング達が初めてこの大陸を訪れた時に目にした葡萄が実る無垢な土地ヴィンランド(Vineland)を思わせる、ヴァインランドの原始の森で。
【名句】Ol’ Raygun? No way
he’ll ever make president. (Zoyd) 「あのレーガンが? とんでもねえ、あいつが大統領になれるわけねえだろうが」(ゾイド)
「ヴァインランド」
著者: ピンチョン