Vol.92「オーレリアン」 アラゴン
下記の作品案内は、代表的作家の生涯・主要作品が要領よく解説され、さらに充実の翻訳文献を付した、現在入手しうる最良の文学案内として好評を得ている世界文学シリーズからの一冊、「フランス文学案内」(朝日出版社)より引用しています。 |
オーレリアン Aurélien(1944)小説
ルイ・アラゴン Louis Aragon(1897-1982) 詩人・小説家・評論家
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あらすじ
第1次大戦が終わってまもないパリ。船のようにセーヌ河を二分するサン=ルイ島の高級独身アパートに住む美青年オーレリアンは、ギリシャで過ごした、いつ果てるとも知れぬ戦場生活からまだ立ち直っていない。愛好するラシーヌの悲劇『ベレニス』の一行《われ長くさまよいてセザレにありき》が妙に心に浮かび、セザレというパレスチナの地名への連想から自分の経験のように感じる。(この句の前行は《荒廃の東方でわが悩みいかばかりなりき!》である)。セーヌで水死した美女のデスマスクを部屋に飾って眺め、ブルジョワのサロンに顔を出し、芸術家とつきあう生活をしている。あらゆる意味で消費的であり、将来の方針もないが、そのままで芸術的ふんいきを持っているような青年である。
出入りのサロンのひとつの女主人のいとことして紹介された若い人妻は、正にベレニスという名で、しかもデスマスクの美女に似たおもかげがあった。ベレニスの夫は片腕がなく、いなかの薬屋で、むしろ小市民(プチ・ブルジョワ)であり、ベレニスも首都のブルジョワの自由な社交生活にびっくりし、かたくなに身を縮めているようであった。パリに眩惑されている彼女の心理が、オーレリアンには読み取れるようでいて、やはりことば少ないこの女性は若い彼には謎であった。ベレニスの心をはかりかねた彼が一夜の乱行にふけり、あやしげな女のところから帰って来た朝、アパルトマンの戸口でベレニスのいとこの夫に会う。ベレニスが帰宅しないので、さがしに来たという。彼女とそんな仲ではないとわからせるために、前夜の乱行の話をし、ほかを探しに行かせたあと、アパルトマンのドアを閉めると、そのかげに、ほっそりと小柄なベレニスが、じっと彼をみつめていた。心を決して前夜彼のところへやって来、帰りを待って夜を明かしたのだった。
オーレリアンの弁解もきかず、彼女は去り、パリでの取巻きのひとりだったこっけいな芸術家のたまごと姿を消す。この男は、愛されているのは自分でないのがわかり、やがてオーレリアンを迎えに来るが、彼女は去っていた。ベレニスはこの男との愛の行為の最中“腕が2本ある男ってすばらしいわ”と口走ったことを恥じたのだ。夫の家に帰りよき妻となっているという噂を聞いてまもなく、オーレリアンは財産を失い、働かねばならなくなり、いなかの親類の会社で工場長となる。
エピローグは20年近くたった1940年で、独軍侵攻の混乱のさなか将校として部隊と共に移動中のオーレリアンはベレニスに再会する。薬屋は一族をあげて歓迎する。オーレリアンの名はベレニスの青春とパリの思い出の代名詞になっているようだ。だが、どちらもふたりきりとなっても世間話しか出て来ない中年の男女になっていた。その晩ベレニスは流弾で死んだ。
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解説
4部作『現実世界』(1934-44)の最後にあたる。ブルジョワ批判が図式的にならない点で優れている。ブルジョワ芸術青年だった作者が熟知の環境をみずみずしく描いたうえで、オーレリアンの輝かしさが、富と青春によってのみ支えられていたことを、エピローグでみごとに示す。
「オーレリアン」
著者: アラゴン