Vol.91「ファービアン」 ケストナー
下記の作品案内は、代表的作家の生涯・主要作品が要領よく解説され、さらに充実の翻訳文献を付した、現在入手しうる最良の文学案内として好評を得ている世界文学シリーズからの一冊、「ドイツ文学案内」(朝日出版社)より引用しています。 |
エーリヒ・ケストナー Erich Kästner(1899-1974) ドイツの詩人
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あらすじ
すぐれた知性と、ユーモアを解する心に恵まれたファービアンは、清潔な人がらのモラリストである。文学博士の称号を持ちながら、ベルリーンの広告会社に勤める彼は、つねに現代社会の退嬰的な風潮を慨嘆し、悪徳にまみれた人びとを救済したいと念願している。が、実行力にとぼしい彼は、人生の傍観者をもって自任し、積極的に願望を実現しようとはせず、32歳になっても、妻帯しようともしない。
そんな彼に、ある日親友のラブーデが、確固たる目的と意志をもって人生を生きるよう忠告する。ファービアンは忠告を聞きいれ、やがて知り合った娘コルネリアを愛し、結婚して身を固めようと思う。そして、生きがいを感じはじめた矢先に、不況のために失業してしまう。一方恋人のコルネリアは、映画会社の支配人にスカウトされて女優になるが、まもなくその支配人の情婦となってしまう。ちょうどその頃、親友のラブーデは、五年越しの恋人に裏切られ、政治運動にも行きづまった上に、彼の才能をねたんだ大学助手の、「君の学位論文は却下されたよ」という悪質な冗談を真にうけて、ピストル自殺を遂げてしまう。
恋人に裏切られた上に、無二の親友にまで置き去りにされて疲れはてたファービアンは、大都会を見かぎって、逃げるように両親の住む故郷に帰る。ある日、「ハルツの山にでも登って、大自然に抱かれながら静養し、生きる目的を発見するまで待とう」と決心した彼は、にわかに元気をとりもどす。が、こう決意した直後、たまたま川に落ちた子どもを目撃した彼は、救助しようとして、やみくもに飛び込む。子どもは泣きながら岸に泳ぎつくが、泳げもしないのに飛び込んだファービアンは、たちまちのうちに溺死してしまう。
付記
「あるモラリストの生涯」という副題をもつこの作品は、発売当時「アスファルト文学」という悪評も受けたが、ケストナーの代表作であると同時に、新即物主義の代表的傑作でもあって、数カ国語に翻訳されて広く読まれた。
1930年代のベルリーンを舞台として、第一次大戦の痛手からようやく立ち直ったものの「東には犯罪、中央には詐欺、北には貧困、西には淫売、どちらを向いても破滅が住んでいた」当時のドイツの大都会の様相と、ひとりのインテリ青年の運命を戯画的に描いたこの作品は、背景の暗さ、悲劇的なストーリーにもかかわらず、作者独自の風格ある文体と、風刺の才能とによって、ユーモラスで朗らかな雰囲気をかもしだしている。
「ファービアン」
著者: ケストナー