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Vol.88「ドン・ジュアン」 モリエール

Photo 下記の作品案内は、代表的作家の生涯・主要作品が要領よく解説され、さらに充実の翻訳文献を付した、現在入手しうる最良の文学案内として好評を得ている世界文学シリーズからの一冊、「フランス文学案内」(朝日出版社)より引用しています。


ドン・ジュアン Don Juan(1995)喜劇5幕の散文

モリエール Moliere16221673 劇作家・俳優

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あらすじ

 スペインの青年貴族ドン・ジュアンは、従僕スガナレルを連れて旅に出ている。修道院から連れ出して恋人にしたエルヴィールにあきたからである。《涙やため息で清純な魂を攻め落とす》征服の楽しみに価値があるので、日常化した愛は彼には束縛でしかないのだ。神を恐れよというスガナレルの忠告にせせら笑い、追って来たエルヴィールの嘆きを気にしない(第1幕)。

 新しく目をつけた女性の船遊びを追って海に出たふたりは突風で海に落ち、それを救った百姓ピエロが恋人のシャルロットに手柄話をしている。そこへ現れたドン・ジュアンはたちまちシャルロットをくどいて、ピエロを怒らせ、やって来たもうひとりの田舎娘マチュリーヌも左右同時にくどいて成功しかかるが、手下がやって来て12名の騎士が追ってきたと告げる(第2幕)。

 ドン・ジュアンは田舎者に、スガナレルは医者に変装、ここでドン・ジュアンが医者を徹底的に批判する。信心深い森の貧者にほどこしを求められて《神様を呪ってみろ、たったいま1ルイ金貨をやるぞ》という場面は、上演2日目に自主的に削除された。3人の賊と斬り結んでいる貴族を見たドン・ジュアンは即座に助太刀して救う。それがエルヴィールの兄ドン・カルロスと知って名を偽るが、その弟ドン・アロンスが来合わせ、彼を知っているので、仇と斬りかかる。だがドン・カルロスは武士として、ここは命を救われた返礼と、弟をなだめて立ち去る。ドン・ジュアンは以前決闘で殺した騎士の墓に来かかる。大理石のその騎士の像を見てスガナレルがあまり恐がるので、ドン・ジュアンはふざけて夕食に招く。すると石像はうなずいた(第3幕)。

 光線の加減さと、家に帰ったドン・ジュアンは借金取りのディマンシュ氏をあしらい、荘重な父ドン・ルイの説教、次に世を捨てる覚悟で、恋のためでなく、ドン・ジュアンの魂のために改心をすすめに来たエルヴィールの願いを聞き流し、やっと夕食をはじめるが、そこへ石像がやって来、彼を招待する(第4幕)。

 ドン・ジュアンは父に改心を誓う。スガナレルは泣いて喜んだが、これはうそだった。ドン・ジュアンは偽善者になることにしたのだ。《偽善は流行の悪徳だし、流行の悪徳なら何でも美徳として通るのだ》と、偽善者とその徒党への痛烈な批判が展開される。ドン・カルロスに、エルヴィールを捨てたのは神の意に沿うためだと、しらを切るドン・ジュアンの前に、騎士の像が現われ、手を差し出す。その手を握った瞬間、ドン・ジュアンは地獄の炎に焼かれ、煙の中に姿を消す。悲しむスガナレルが、ふと気がついて《おれの給料! おれの給料!》と叫ぶお笑いで幕切れとなる(第5幕)。主人公の性格の多面性がめざましい。

解説

『タルチュフ』上演禁止の穴埋めに急いで書かれ、ドン・ファン伝説によるスペイン物から多くの借用をしているが、人物像としては1幕の誘惑者、2幕の好色漢が伝来の姿で、3幕と4幕の無神論者、5幕の偽善者としてのドン・ジュアンはまったくモリエールの創始にかかる。副題『石像の饗宴』。炎と煙の仕掛けが人気を呼んで大入りだったが、信心者の攻撃を恐れ、15回で打ち切った。


「ドン・ジュアン」

著者:モリエール

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2011/05/16