Vol.84「田園交響楽」 ジード
下記の作品案内は、代表的作家の生涯・主要作品が要領よく解説され、さらに充実の翻訳文献を付した、現在入手しうる最良の文学案内として好評を得ている世界文学シリーズからの一冊、「フランス文学案内」(朝日出版社)より引用しています。 |
田園交響楽 la Symphonie pastorale(1919)小説
アンドレ・ジード Andre Gide(1869-1951)
小説家・評論家・劇作家
……………………………………………………
あらすじ 189…年2月10日から5月30日にいたる、スイスの小村のプロテスタント牧師の手記。牧師は2年半ほど前、身寄りのつんぼの老婆に死なれた15歳ほどの盲目の少女を引き取ってジェルトリュードと名づけた。しらみだらけで動物に近い状態のままだった。老婆が口をきかなかったためである。牧師の妻アメリーは5人の子供で手一杯だと苦情を言ったが、この子を引き取るのを神への義務だと考える牧師を理解して、世話を引き受けた。 牧師はジェルトリュードの教育に熱中し、やがてローザンヌの神学校へ行っている長男ジャックも彼女の教育に興味を示した。教育は成功し、また少女の美しさは否定し難かった。牧師は彼女をヌーシャテルの音楽会に連れ出した。“田園交響楽”の美がジェルトリュードにはこの世界のありさまと思えるのだった。だがアメリーは家の誰にもしてくれないことをジェルトリュードにしてやったと、彼女の面前で牧師をなじった。 手記の前年の夏、牧師は、ジャックとジェルトリュードが語り合っているのを見た。しかも“もうじきお父さんが帰って来るからね”とジャックは別れをつげ、彼女の手に接吻するのだった。そして少女はそのことを牧師に話さない。深い悲哀が牧師の胸をとざした。その夜ジャックは牧師にジェルトリュードと結婚したいと打ち明ける。まだ彼女をそっとしておくようという牧師の忠告を息子は一応受け入れ、休暇中旅に出る。言われなくともジャックの気持は彼女にはわかっていた。しかし、“あのかたは、あなたほどに愛しては下さいません”と彼女は言った。 この一件から彼女は金持ちの老嬢にあずけられ、牧師は毎日会いに行った。5月19日、ローザンヌの医者は彼女の眼が手術で開くと告げた。不安におびえる牧師は彼女を抱きしめ、ふたりの唇は重なった。手術は成功した。5月28日、一度牧師宅を訪れたジェルトリュードは老嬢の家へ帰る。夕方、彼女は“川に落ちて”重体となる。新約聖書の中からキリストの慈愛のことばばかり教えておいたのに、彼女がきびしい聖パウロのことばを口走るのに牧師は驚く。ローザンヌでジャックに習ったのだ。そして一目見て自分が愛していたのは父でなく息子ジャックだとわかったが、それを告白できず、また牧師宅を訪れて、自分が別な女のひとの場所を奪っていたのを知ったと彼女は語る。“この上お顔を見ていられません”という彼女は、2日後に死んだ。ジャックは間に合わなかった。彼は父に、自分が新教を捨てたこと、彼女もローザンヌでカトリックに改教していたことを告げる。ふたりは《いちどきに私から去って行ったのだ》。 ……………………………………………………………… 解説 第1次大戦中友人が次々にカトリックの信仰を告白する中で、新約聖書を熟読していたジードは当時の感想をこの作品の3年後に『汝もまた……?』(1922)に発表している。聖書の自由解釈という新教の歴史的根源がこの牧師のつまずきの始まりとなり、自身の肉欲に盲目にさせ、一方、カトリック的戒律の精神の目覚めが、ジェルトリュードを宗教的重罪である自殺へ追い込むという矛盾は、宗教そのものへの問いかけをなす。
「田園交響楽」
著者: ジード