Vol.82「欲望という名の電車」 ウィリアムズ
下記の作品案内は、代表的作家の生涯・主要作品が要領よく解説され、さらに充実の翻訳文献を付した、現在入手しうる最良の文学案内として好評を得ている世界文学シリーズからの一冊、「アメリカ文学案内」(朝日出版社)より引用しています。 |
欲望という名の電車 A Streetcar Named Desire(1947)戯曲(3幕)
テネシー・ウィリアムズ Tennessee Williams(1911-1983) 劇作家
美しい嘘と現実の世界
アーサー・ミラーの『セールスマンの死』、ユージーン・オニールの『夜への長い旅路』と共に、過去の幻想に生き、現実に敗れ、狂気に陥る主人公を描いたアメリカ演劇の三大傑作のひとつ。
美しい嘘で現実逃避をする主人公ブランチと現実的で粗暴なスタンリーの対峙から、消えゆく南部世界と新興労働者階級の世界、想像の世界に生きる繊細な感性と生命力あふれる野性の対立等を描くと同時に、二人が潜在的に惹かれあう部分も見せ、作者は両者の関係から人間の孤独と悲しき性を浮き彫りにする。ニューオーリンズの街をリアルに再現しつつ、多彩な象徴とイメージに富む叙情的な台詞で詩的色彩を強くしている。
粗暴な義弟との対立
「欲望」という名の路面電車が走り、安ピアノのブルースが聞こえるニューオーリンズの「極楽」という名の街角。故郷の農園を失い、妹ステラ(Stella)を頼ってブランチ(Blanche)が、妹と夫スタンリー(Stanley)の住む貧しいアパートを訪れる。妹との再会を喜びあうものの、彼女にはスタンリーが野獣のような男にしか見えず、スタンリーも義姉の気取った態度が気にくわない。
狭いアパートの居候となったブランチの心の慰めとなったのは、スタンリーのポーカー仲間の一人で、優しく紳士的な性格のミッチ(Mitch)である。だが、ポーカー仲間が集まっている最中に、ブランチがかけていたラジオの音楽がうるさいと苛立ったスタンリーは、激怒してラジオを窓から投げ捨ててしまう。それを見たステラは夫と大喧嘩となり、ブランチと階上の友人の部屋に退去してしまう。しかし、一人残され、「ステラ!」と泣き叫んで自分を求めるスタンリーの声に彼女は姿を現わし、二人は激しく求め合う。
現実逃避の嘘
ブランチはミッチとデートし、かつて結婚した相手が同性愛者で、自殺してしまった悲しい過去を打ち明ける。ミッチも同情を示してくれ、ブランチは孤独から解放された思いを得る。だがミッチは、ブランチが故郷で娼婦のような日々を送っていたという事実を調べたとスタンリーから聞かされ落胆し、彼女に侮蔑の言葉を投げつける。ブランチは嘘を魔法に喩え、「真実ではなく、真実であるべきことを語るんです」(I don’t tell the truth. I tell what ought to be truth.)と反論するが、開き直って真実を語る。この時、盲目の供養向けの花売りが通りに現われる。死を象徴するようなその姿を見ながら「死と向き合っているのは、欲望」(The opposite[of death]is desire.)とブランチ。二人は訣別する。
同じ夜、ブランチは錯乱し、現実逃避の嘘を追求するスタンリーに体を奪われ、精神的に完全に崩壊してしまう。数週間後、ブランチを迎えに医者と看護婦がやって来る。ステラは金持ちの友人が自分を迎えに来たと思っている姉の姿に涙を禁じえない。最初はおびえて狂乱したものの、優しく手を差し伸べた医者に腕をとられたブランチは「どなたか存じませんが、私はいつも人様のお情けにすがって生きて参りました」(Whoever you are——I have always depended on the kindness of strangers.)という言葉を最後にアパートを後にする。
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「欲望という名の電車」
著者: ウィリアムズ