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Vol.75「マルテの手記」 リルケ

Photo 下記の作品案内は、代表的作家の生涯・主要作品が要領よく解説され、さらに充実の翻訳文献を付した、現在入手しうる最良の文学案内として好評を得ている世界文学シリーズからの一冊、「ドイツ文学案内」(朝日出版社)より引用しています。


マルテの手記 Die Aufzeichnungen des Malte Laurids Brigge1910手記

ライナー・マリーア・リルケ Rainer Maria Rilke18751926

オーストリアの詩人

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内容

「人びとは生きるためにこの都会に集まってくるらしい、しかし、私にはむしろ、ここではみんなが死んでゆくとしか思えない」——マルテはパリに来て3週間になる。街をあるいて目につくのは、病院、よろめき倒れる男、もの憂げな足どりで産院へ向かう妊婦、乞食、敗残者等、大都会の裏面にひそむ貧困と腐敗と孤独の姿ばかりである。

マルテは詩人で28歳になる。デンマークの古い貴族の出であるが、今は一個のトランクと一箱の書物とともに、うらぶれたアパートの一室で孤独な生活を送っている。感じやすい彼の神経は、都会の喧騒の中で異常に張りつめている。パリでの3週間の生活は、彼の内面をゆさぶり、彼をすっかり変えてしまった。彼はあらたな出発を決意する。そしてまず、見ることから学びはじめる。あらゆるものを見なければならない。あらゆるものを感じとり、理解しなければならない。そして忍耐強い待望ののち、それら一切の思い出が自分自身とほとんど区別ができないほどになったとき、はじめてほんとうの詩が生まれるのだ、と彼は思う。

――こうして彼はあるいはパリの町での見聞を書き記し、あるいは回想の世界へと入ってゆく。少年時代の孤独の世界、それは不安と不可解な謎とに満ちていた。ある夜、机の下に落ちた赤鉛筆を拾おうと手でさぐった。すると闇の中に、赤鉛筆に向かってゆく自分の手のほかに、もうひとつの「異常に痩せた」手が動いているのが見えた。――こんな驚きを、いったい誰が理解してくれるだろう。この時から彼の孤独は始まったのだ。母の思い出、幼な友だちエーリクのこと、叔母アベローネへの慕情……回想の世界はつぎつぎとくりひろげられ、クリュニ美術館にある6枚のゴブラン織りの絵「女と一角獣」の描写をもって第1部が終わる。

第2部は、さまざまな「愛する女たち」への讃歌が記されている。第1部を死の書とすれば、第2部は愛の書である。

母とながめたレースの手芸品、シューリン家訪問、贈り物への幻滅、カール豪勇公のこと等、多種多様のことが述べられているが、主題は、愛に生きる女たちへの讃歌である。エロイーズ、ベッティーナ、サッポーなどの大いなる愛が讃美される。「愛されることは燃えつきること、愛することは長い夜にともされたランプの光だ。愛されることは消えること、愛することは長い持続だ」――そして、聖書の放蕩息子の物語さえも、彼には、他人から愛されることを拒絶し、神の愛のみを求める男の物語だと思われてくる。

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付記

この作品は、筋も事件もなく、断片的な風物描写や過去の回想などを綴った手記であるが、完成までに7年の歳月を費した。パリ時代の総決算ともいえるもので、リルケ文学の秘密を知る上で最も貴重なものである。

「マルテの手記」

著者: リルケ

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2010/12/01