Vol.71「スィッダールタ」 ヘッセ
下記の作品案内は、代表的作家の生涯・主要作品が要領よく解説され、さらに充実の翻訳文献を付した、現在入手しうる最良の文学案内として好評を得ている世界文学シリーズからの一冊、「ドイツ文学案内」(朝日出版社)より引用しています。 |
スィッダールタ Siddhartha(1922)小説
ヘルマン・ヘッセ Hermann Hesse(1877-1962)ドイツの詩人・小説家
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あらすじ バラモンの家に生まれ、恵まれた環境で大切に育てられたスィッダールタは、将来バラモンの王者となることが期待されていた。が、バラモンの教えによっては真の悟りに到達しえないことを知った彼は、友人ゴヴィンダとともに巡礼の僧の群れに加わり、煩悩の解脱を求めて、さまざまな苦行を試みる。しかし、苦行によって官能の欲望を抑制することは、結局逃避にすぎぬと感じた彼は、3年後に苦行生活を打ち切ってしまう。 その頃仏陀が悟りをひらいたという噂がひろまった。彼はゴヴィンダとともに仏陀を訪れる。ゴヴィンダは仏陀に心から敬仰の念を覚え、ただちに仏弟子となる。が、スィッダールタは、仏陀の説く縁起観には全面的な共感を覚えながらも、仏陀がこの偉大な思想を徹底させようとせず、正覚(しょうがく)を煩悩の解脱によって得させようとする点に納得できぬものを感ずる。彼は仏陀のもとを去る。自由になった彼の目に、自然は限りなく美しいものに映る。 思想も感覚もともに美しいものであると感じた彼は、還俗(げんぞく)し、美女カマーラとの愛欲生活にふける。けれども、スィッダールタは、ついに世俗の生活に浸りきることはできない。程経て歓楽のむなしさを知った彼は、富も愛人も棄てて、ふたたび家を出てしまう。 ひとたびは絶望のあまり死を決意するが、生の尊さに思い至って船頭ヴァズデーヴァの助手となった彼は、河を相手に日々をすごすうちに、諸行無常の理法をさとり、「空」の思想を認識する。そして一切の煩悩が「現在」にのみ固執しようとする小我に由来することを知った彼は、我意我執を放下(ほうげ)することによって得た自然・自己一元の全き諧和の中で、安らかな日々を送るようになる。 彼は慈悲の尊さに思い至り、それを実践にうつして悩める人びとに安らぎを与える。この頃彼は、かつての愛人カマーラとめぐり逢う。カマーラは仏陀のもとへおもむく途中、毒蛇にかまれて苦しんでいるところを、船頭に助けられたのである。スィッダールタはカマーラを看護するが、彼女はスィッダールタとのあいだに出来た11歳の子を残して死ぬ。 スィッダールタは息子を愛育する。が、富裕な生活の中でわがままいっぱいに育てられた息子は、つねに父親を困らせた上、金を盗んで逃げてしまう。父親としての愛に盲いたスィッダールタは、息子のあとを追う。この苦悩を通して、彼は、煩悩即菩提(ぼんのうそくぼだい)の理法に悟達する。 最後は、スィッダールタが旧友ゴヴィンダに会う場面である。仏弟子となりながら、なお安心立命(あんじんりつめい)の境地に達しえぬ旧友に、彼は、真の知恵は体得すべきものであって、言葉によっては語りつくせぬものである、と前置きして、自己の悟入しえた縁起観や、空観について語る。語り終えたスィッダールタの顔に、仏陀のような清浄な微笑を見たゴヴィンダは、涙を流しながら、スィッダールタの前に深く頭を垂れた。
「スィッダールタ」
著者: ヘッセ
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