Vol.70「ソフィーの選択」 スタイロン
下記の作品案内は、代表的作家の生涯・主要作品が要領よく解説され、さらに充実の翻訳文献を付した、現在入手しうる最良の文学案内として好評を得ている世界文学シリーズからの一冊、「アメリカ文学案内」(朝日出版社)より引用しています。 |
ソフィーの選択 Sophie’s Choice(1979)長編小説
ウィリアム・スタイロン William Styron(1925-2006)小説家
「ソフィーの選択」
ホロコーストの後遺症
作者自身が青年期に知り合った、ポーランド人でありながら、夫と父親をナチスに殺害され、自らも長期間、強制収容所に収容された経験によって心身の後遺症に苦しむ女性をモデルに、ホロコーストをユダヤ人迫害としてだけでなく、人間の自由意志と生存権を奪う悪の管理システムとして捉えようとした作品。モデルの女性との交友期間はわずかで、主として作者の想像力によって物語は展開する。自伝的色彩が強く、成功や恋愛を渇望する青年の成長物語にもなっている。
ソフィーとの出会い
語り手の22歳の駆け出し編集者スティンゴ(Stingo)は、ブルックリンの下宿屋で、階上に暮らす才気煥発なユダヤ人の若い生物学者ネイサン(Nathan Landau)と、腕にアウシュヴィッツ強制収容所の入れ墨がある美貌のポーランド女性ソフィー(Sophie Zawistowska)のカップルと知り合う。
編集長と衝突して解雇され、失業状態で恋人もいない孤独なスティンゴを、二人は海水浴に誘ったり、女性を紹介してくれたり、ユダヤ料理をご馳走したりと、温かい友情をもって接してくれる。夫と父親をナチスに殺されたこと、収容所の悪夢の経験によっていまだに心身に深い傷を負っていること以外、何も語ろうとしない、謎めいたソフィーにスティンゴはかなわぬ恋心を抱く。
ソフィー父娘の屈折した過去
やがてネイサンに捨てられたソフィーは、ナチスの司令官ヘス(Rudolph Hess)の召し使いとして特別待遇を受けていたこと、反ユダヤ主義の父親がユダヤ人殺戮提唱者だったこと、共に収容された子供を救おうと、ヘスを篭絡しようとして失敗したことなど、数奇な運命を語り始める。
ソフィーの胸底の秘密
ネイサンの兄ラリー(Larry)の口から、ネイサンは科学者ではなく、入退院をくりかえしている麻薬患者で精神分裂病者であることが分かる。彼がソフィーの腕を折り、二人を銃殺しようとしたとき、スティンゴは故郷ヴァージニアにソフィーを連れて逃げる。その道すがら、彼女は心の奥底の秘密を打ち明ける。アウシュヴィッツ入りしたとき、ナチスの医者から究極の選択を迫られたのだ。「二人の子供のうち一人はそばに置いていい。もう一人はあきらめなければならない。どちらをとるか?」親としてこれ以上難しい選択はない。彼女を生涯苦しめることになったのだが、彼女はとっさにエヴァ(Eva)を捨ててヤン(Jan)をとるという選択をしたのだった。ソフィーとスティンゴは念願の激しい一夜を共にする。しかし、ソフィーは密かにネイサンのもとに舞い戻り、二人は薬物心中を遂げてしまう。
ポーランドと米国南部との相似性を透視
ソフィー自身もナチスの犠牲者なのだが、かつて反ユダヤ主義者の父親の手足として働いたことへの贖罪意識が、ユダヤ人ネイサンとの被虐的共依存関係へ、そして悲劇的結末へと駆り立てたのである。そこに祖父が奴隷を売却して得た財産で食いつないでいるスティンゴの贖罪意識、南部出身のスタイロン自身の黒人に対する贖罪意識が重ね合わされている。
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著者: スタイロン