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Vol.66「It」 キング

Photo 下記の作品案内は、代表的作家の生涯・主要作品が要領よく解説され、さらに充実の翻訳文献を付した、現在入手しうる最良の文学案内として好評を得ている世界文学シリーズからの一冊、「アメリカ文学案内」(朝日出版社)より引用しています。


It (1986)長編小説

スティーヴン・キング Stephen King1947-) 小説家

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初期キングの集大成

七人の登場人物の子供時代である1950年代と成人してからの1980年代とが行き来し、交錯する複雑なプロット。人物造形に深みを与えるため綿密に描き込まれた登場人物それぞれの人生。緩急をつけた巧みな語り口。1138頁という長さを短いと感じさせる。少年時代へのノスタルジーをベースにした恐怖と冒険の大ロマンで、初期キングの集大成であり、今日に至るまでの全キャリアの最高傑作に挙げる読者も多い。ホラー文学という枠組を超えて世界文学に列しうる究極小説。

邪悪な存在Itの出現

1984年夏、27年ごとにメイン州デリー(Derry)に災厄をもたらす邪悪な存在It(あいつ)が再び現われる。Itは異臭を伴って、ピエロ(clown)、狼男、鳥、亀、蜘蛛、などの姿で現われ、また悪童ヘンリーに乗り移って子供たちを襲撃する。かつて1958年に町の危機を救った『はみだしクラブ』(Loser’s lub)の七人の11歳の子供たち、おしゃべりなリッチー(Richie)、肥満児で読書好きなベン(Ben)、喘息持ちのエディ(Eddie)、父親の虐待に耐えるマドンナ格の美少女ビバリー(Bevary)、ユダヤ人のスタン(Stan)、Itに弟を殺された吃りのビル(Bill)は、今は皆30代後半に達している。図書館員となり一人デリーに残った黒人のマイク(Mike)はItの再来を察し、それぞれの道で成功しているかつての仲間に連絡する。ロサンゼルスの人気DJリッチー、ネブラスカの建築家ベン、ニューヨークでリムジン会社を経営するエディ、シカゴの服飾デザイナーのビバリー、アトランタの会計士スタン、そしてイギリス在住のホラー小説家ビルという面々が馳せ参じる。

1958年夏、町では子供たちの行方不明が相次いだ。1985年、デリーに集まったのは六人。スタンは電話を受けた直後、恐怖に耐えられず自殺。マイクはItに操られた男に襲われ重症を負う。残った五人はItとの対決に向かう。27年前、七人は下水口の中を走り、古い坑道の先に扉を見付けた。扉の向こうには巨大な黒蜘蛛の姿をしたItがいた。1985年、Itは再び黒蜘蛛の姿で彼らを待っていた。ビルの妻、女優オードラ(Audra)が捕らえられていた。激しい戦いでエディは命を落とす。Itを倒し、生き残った四人はオードラをつれて地上に脱出。27年前、地上に出た七人は別れる前にお互いの掌を切り、輪を作り、血の誓いを立てた。Itが再び現われたらもう一度集まろうと。しかし家路に着いた時にはその日の出来事を忘れ始めていた。

今日を記憶に変える力

1985年、再びItの記憶は急速に薄れていく。妻の意識が戻るまでデリーに留まるビルに残りの仲間は別れを告げ、町を去る。ビルは少年時代の自転車の後に虚ろな妻を乗せ、子供の頃のように風を切り、全力でペダルを漕ぐ。勢い余って転倒した瞬間、妻は意識を取り戻す。ビルは子供時代の夢の中、遠く、かすかで、ぼやけ、はっきり思い出すことは出来ないが、子供時代が素晴らしかったこと、そして今大人であることを素晴らしいと感じる。ベッドの中で、ビルはいつかそのことについての物語を書いてみようと思う。


「It」

著者: キング

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2010/08/17