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Vol.65「城砦」 クローニン

Photo 下記の作品案内は、代表的作家の生涯・主要作品が要領よく解説され、さらに充実の翻訳文献を付した、現在入手しうる最良の文学案内として好評を得ている世界文学シリーズからの一冊、「イギリス文学案内」(朝日出版社)より引用しています。


城砦 The Citadel(1919)長編小説

アーチボルド・ジョーゼフ・クローニン 

Archibald Joseph Cronin (1896-1981) 

小説家

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解説

「城砦」(じょうさい)は、医師としての純粋な立場と、世俗的な成功との板ばさみになって悩みながらも、真理の探求に情熱を傾けて自分の道を切り開いていく青年医師の魂の成長を描いたクローニンの代表作で、英国医学会の諸問題もとり入れてあり、医師としての体験にもとづく自伝的要素の濃い作品となっている。

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梗概

医学校を出たばかりの青年医師アンドルー・マンスンは、南ウェールズの炭坑地方へ医師の代診として赴任したのち、鉱山町に移って小学校教師のクリスティンと結婚し、貧しいながらも楽しい家庭生活に入る。肩書の必要を感じた彼は、妻の協力を得て猛勉強をした結果、英国医学会会員の資格試験に合格する。

やがて妻は妊娠するが、橋から落ちて流産してしまう。アンドルーはこの不幸に屈せず、炭坑夫の肺疾患を臨床調査にもとづいて研究した論文を完成して医学博士となる。ところが治療以外の研究にうちこんでいる彼に反感を持つ人がいたので、彼は多くの人に惜しまれつつ辞任し、ロンドンへ出て開業医となる。

しかし立派な肩書をもつ彼には客がつかず、肩書も実力もない医師たちの方が巧みにお金をもうけて世間的には成功しているのを見て、アンドルーはこれまでの良心的態度を捨てて金もうけ主義にはしる。そして上流の客をつかみ、立派な病院に勤務する名誉ある医師となって、富と社会的地位を獲得する。

金に魂を奪われている夫の姿を見た妻は、夫が城砦を攻撃する勇ましい戦士のように、情熱を傾けて自分の研究や社会の不正に立ち向かっていた鉱山時代の生活の方が、貧しくてもずっと楽しかったという。こうしてふたりの考え方がくいちがい、愛情にひびが入る。

ある時アンドルーは患者の手術を友人の外科医にまかせたところ、その友人は手術に失敗して患者を殺してしまった。この事件に責任を感じたアンドルーは再び正義感をとりもどし、自己反省をして妻と心から和解する。

アンドルーは信頼できる友人を集めて、各自の専門の分野を担当する新しい共同診療所をつくる理想をもち、いよいよ新しい仕事に着手しようとした時、彼のよき理解者であった妻は、バスにはねられて不慮の死をとげてしまう。その上、彼に反感を持つ医師たちは、彼が友人の娘の結核をなおそうとして、信頼のおける外国の無免許医と協力したことを訴えたので、危うく医学会会員の資格を奪われそうになるが、審議の席でアンドルーの誠意が認められ、資格は奪われずにすむ。

友人たちと新しい計画を実行するためにロンドンを去る日、アンドルーは妻の墓へ行った。やがて墓を去ろうとすると、空には城砦の胸壁の形をした雲が、彼の前途に希望を与えるかのように、明るく浮かんでいた。


「城砦」

著者: クローニン

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2010/08/05