Vol.62「サンクチュアリ」 フォークナー
下記の作品案内は、代表的作家の生涯・主要作品が要領よく解説され、さらに充実の翻訳文献を付した、現在入手しうる最良の文学案内として好評を得ている世界文学シリーズからの一冊、「アメリカ文学案内」(朝日出版社)より引用しています。 |
サンクチュアリ Sanctuary(1931)長編小説
ウィリアム・フォークナー William Faulkner(1897-1962) 小説家
禁酒法時代の物語
大学生ガウアン・スティーヴンズ(Gowan Stevens)とガールフレンドのテンプル・ドレイク(Temple Drake)はオールド・フレンチマンズ・プレイスの近くで道を塞いでいる丸太に車をぶつけて進めなくなり、密造酒製造者の隠れ家に立ち寄る。ガウアンは酔いつぶれたあげく、ひとりで帰ってしまう。納屋にかくまわれたテンプルを性的不能のやくざ者ポパイ(Popeye)がトウモロコシの穂軸で陵辱し、それに先立って彼女を護ろうとしたうすのろ男トミー(Tommy)を射殺する。
夜が明けるとポパイは彼女を車に乗せて州境を越え、メンフィス市のミス・リーバ(Reba)が経営する売春宿にかくまい、性の相手役に手下の組員レッド(Red)をあてがって行為を覗き見るという隠微な快楽に耽る。死人が出たという通報をうけた警察は密造酒製造者リー・グッドウィン(Lee Goodwin)をトミー殺しの容疑で逮捕する。
正義の弁護士の活動も空しく
弁護士ホレス・ベンボウ(Horace Benbow)はグッドウィンの弁護を引き受ける。しかし報復の怖さを知っているグッドウィンは自分の無実を訴えるばかりでポパイの名前を出すことをためらう。裁判に証人として出廷したテンプルは殺人も強姦も犯人はグッドウィンだと偽証する。いきりたった暴徒たちは彼を焼き殺す。
テンプルはポパイの介在なしにレッドと密会しようとして街に出たところをポパイにつかまり連れ戻され、レッドは罰として殺される。酒場で豪華な葬儀が営まれ、その場で起こった小競り合いのなかで棺が転倒し遺体が転がり出る。
ポパイはアラバマ州ペンサコーラに住む母親に会いに行く途中で、レッド殺しと同じ日時に起こった警官殺しの容疑をかけられ、処刑される。彼が先天性梅毒のために障害者として生まれ、性的不能もその症状の一つであったことがあかされる。テンプルは父に連れられてパリ旅行を楽しむ。
映画的手法
フォークナーは金のために考えうる限り最も恐ろしい小説を書いたのだが、出版社の拒絶に遭い、書き直したと言っている。作者のこの言葉が独り歩きしたきらいがある。しかし、「最も恐ろしい」話であることは間違いないとして、出来上がった作品はけっして扇情的な際物ではない。
アクションはカメラの眼を思わせるような簡潔で非情な文体でたどられ、残虐な場面と猥褻な場面は極端なアンダーステートメントの技巧によって隠されてしまうばかりか、正義の弁護士ホレスも、法廷で地方検事によって明かされる時まで、凄惨な陵辱が行われていた事実に気づかない。
「推理小説の中にギリシャ悲劇が侵入したもの」という仏語版に寄せたアンドレ・マルローの序文の言葉は有名である。
題名の意味
サンクチュアリとは密造酒製造者の「隠れ家」であり、処女の肉体という不可侵の「聖所」であり、「わたしの父は判事なの」というテンプルの口癖に表われている階級的な「聖域」「避難所」である。この聖域こそが彼女の罪深い偽証を保護する。
【名句】I cannot stand idly by and see injustice—.(Horace)「ぼくには手をこまねいて不正を見ていることはできない」(ホレスの台詞)
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「サンクチュアリ」
著者: フォークナー