Vol.60「法王庁の抜け穴」 ジード
下記の作品案内は、代表的作家の生涯・主要作品が要領よく解説され、さらに充実の翻訳文献を付した、現在入手しうる最良の文学案内として好評を得ている世界文学シリーズからの一冊、「フランス文学案内」(朝日出版社)より引用しています。 |
法王庁の抜け穴 les Caves du Vatican(1914)小説
アンドレ・ジード André Gide(1869-1951) 小説家・評論家・劇作家
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あらすじ 作者が“ソチ”(茶番劇)と分類した作品で、一貫した筋はない。 第1部「アンチム・アルマン・デュボワ」 1890年代、法王レオン3世のころ、科学万能主義者で秘密結社員のデュボアはリューマチの専門医を求めて、妻とともにローマへ行く。夢に聖母マリヤが現われ、そのおかげでリューマチの治ったデュボアは、熱狂的なカトリック信者となるが、秘密結社の力で得ていた財産を失い、リューマチも再発して、また信仰を捨てる。 第2部「ジュリウス・ド・パラグリウル」 作家ジュリウスはもとブカレスト駐在公使だった父からの手紙により、ルーマニヤ籍の孤児で19歳の青年ラフカディオに会う。父の家へ行く途中、火事にぶつかり、ラフカディオは直立した樋を伝ってふたりの子供を救出する。だがそれを称賛されると、彼はいらだつのだった。ジュリウスの父に会うと、ラフカディオが父の私生児であることがわかり、ジュリウスとその妹サンプリ伯爵夫人とともに相続権を持つと知らされる。 第3部「アメデ・フルリソワール」 南仏のポーに近い別荘にいるサンプリ伯爵夫人は、枢機卿から彼女の名を示されたというサリュ神父の訪問を受け、法王庁にいる法王はにせもので、本当のレオン3世は抜け穴で通じているサン=タンジュ城に幽閉されているという重大な秘密を明かされる。伯爵夫人はけちなのだが、特に選ばれたという甘言に虚栄心をくすぐられ、法王救出運動の資金集めに一口乗る。 第4部「むかで組」 これは“むかで組”という組織の大規模な詐欺だった。サリュ神父と称した男はラフカディオの友人プロトスで、多くの人をだます。 第5部「ラフカディオ」 汽車で偶然同じ車室に乗り合わせた男をまったく無目的に突き落として殺す。いわゆるラフカディオの無償の行為 acte gratuit である。だが、被害者は彼の義兄にあたるアメデ・フルリソワールであった。ラフカディオの心はだんだん自由を失い、彼は犯行をジュリウスに打ち明ける。ところが、情婦の密告によってプロトスがこの殺人の犯人として捕まったという。警察をだましおおせても、自分の目をごまかせないと考えるラフカディオがどういう態度に出るかは、読者の推測にまかせて終わる。 ……………………………………………………………… 解説 19世紀末に見られた相反するさまざまな思想――科学万能の無神論、古風な信仰心の熱狂的復活、自我の追求、絶対的自由へのあこがれ、たとえ悪であれ意志と決断力による行動への意欲――の過度の実践に対する風刺がこの“茶番”の骨子であるが、ジードの作品が常にそうであるように、作者は決して描く対象を外側から見ているのではない。 ことに第5部の無償の行為を中心とするラフカディオの行動はジードの主張のように受け取られ、非難者も讃美者も多く生み出した。実際には1928年の〈新フランス評論〉6月号で、無償の行為は厳密にはありえないと語っている。 教会や行動のありかたへのからかいは見て取りやすく、クローデルらのカトリック作家の攻撃を受けた。筋の一貫しない新しい形式とその内容は『にせ金つくり』(1926)につながって行く。1951年、この作品を自ら脚色、上演させた。
「法王庁の抜け穴」
著者: ジード