Vol.58「アッシャー家の崩壊」 ポウ
下記の作品案内は、代表的作家の生涯・主要作品が要領よく解説され、さらに充実の翻訳文献を付した、現在入手しうる最良の文学案内として好評を得ている世界文学シリーズからの一冊、「アメリカ文学案内」(朝日出版社)より引用しています。 |
アッシャー家の崩壊 The Fall of the House of Usher(1839)短編小説
エドガー・アラン・ポウ Edgar Allan Poe(1809-1849) 短編作家 詩人
崩れゆく理性の世界
『バートンズ・ジェントルマンズ・マガジン』に発表し、それまでの短編を収録して出版した『グロテスクとアラベスクの物語』の中に収められた作品。怪奇小説とも心理小説ともいえる内容で、主人公ロデリックの異常なまでの感覚の病的鋭敏さは、理性そのものを狂わす兆候にも思われ、作品に収められている詩「幽霊の宮」(The Haunted Palace,1839)は、健全な理性がその王座からぐらついて行く様が暗示的に描かれ、物語全体に不気味さと恐怖の印象を与えている。「崩壊」はまさに家と肉体と精神の崩壊で、ポウ自身の姿さえ思わせるものである。
病める2つの魂
「私」は幼友達のロデリック・アッシャーからの一通の手紙を受けとった。文面は、自分はいま精神が異常で憂鬱に苛まれているので見舞いに来てほしいというものだ。重苦しいばかりに暗雲たれこめた秋の夕暮れ時に「私」はアッシャー家にやってくる。
死人のように青ざめた顔、大きな潤いのある、類のないほど輝く目、いくぶん薄くてすっかり血の気が失せているが、美しい曲線を描いている唇、繊細なユダヤ人型の、それにしては珍しく大きな鼻孔の鼻、格好はよいが、張り出しが足りないため意志の力不足を物語る顎、蜘蛛の糸より細く柔らかい髪の毛、これら特徴あるかつての顔立ちが、精神に及ぼす病のためいっそう誇張され異様な変貌となっている。
ロデリックには最後の身内で双生児の妹(マデリン)がいる。彼女も長年にわたり慢性的無感覚状態が続き、衰弱も甚だしく一時的だが頻繁に起こるひきつけの発作に苦しんでいる。病苦に耐え、寝込むことはないものの医者からは見放され、死期も間近になっている。
数日後のある晩、マデリンが亡くなったことを告げられる。兄は妹の亡骸をすぐに埋葬せず、2週間のあいだ家の地下室に安置したいという。そこは「私」の寝室の真下にあたる場所らしい。その手伝いをするさなか、この兄妹が双生児で驚くほど似ていること、また二人の間には「何か説明しがたい共感」が存在していることを知る。
生への怨念
こうして妹を棺に納めた数日後の嵐の晩、ロデリックの精神状態にいっそうの異常さが見られ、それが「私」にも忍びよってきて「どことも知れず聞こえてくる、低い、何かさだかならぬ物音」に怯え、耐えがたい恐怖にかられる。ロデリックは身体を痙攣させ、硬直した表情で、妹を生きながら葬ってしまったことを告白する。病的に鋭くなった彼の感覚は、棺を破りもがき苦しむ妹の重々しく恐ろしい心臓の鼓動を聞きとっていたという。その彼の言葉通り、経帷子を着たマデリンは低いうめき声をあげ、断末魔のもがき苦しみのうちに兄に覆いかぶさるように倒れかかる。骸と化した二人をあとに逃げだす「私」の背後で、荒れ狂う嵐の中に発するすさまじい光に照らされ、家の壁を走る裂け目が次第に大きく割れ、やがてアッシャー家は大音響とともに深く黒ずんだ沼の中に呑み込まれていった。
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「アッシャー家の崩壊」
著者: ヘルダーリン