Vol.56「人間嫌い」 モリエール
下記の作品案内は、代表的作家の生涯・主要作品が要領よく解説され、さらに充実の翻訳文献を付した、現在入手しうる最良の文学案内として好評を得ている世界文学シリーズからの一冊、「フランス文学案内」(朝日出版社)より引用しています。 |
人間嫌い le Misanthrope(1666)喜劇 5幕韻文
モリエール Molière(1622-1673) 劇作家・俳優
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あらすじ
第1幕
青年貴族アルセストは、誠実だが、他人のいつわりを許せない。寛容な友人フィラントが親しくもない知人と(当時の習慣で)熱烈なお世辞を交わしたので、激怒する。中庸の徳を説かれてますます怒り、全人類に戦いを宣言するところまで行く。そこへ現われた気取り屋オロントが新作の詩を朗読、フィラントはさしさわりなくほめるが、アルセストは酷評し、こんなものを書く奴はしばり首にすべきだと極言するのでけんかになる。
第2幕
ところがアルセストが恋しているのはコケットな20歳の未亡人セリメーヌで、その矛盾がこっけいを生む。セリメーヌのサロンでまじめになるように説得していると、クリタンドルとアカストの若い軽薄な侯爵たち、それに彼女のいとこで、アルセストの真情を愛している優しいエリアヌがやって来る。社交辞令の洪水の中でアルセストは黙り込む。調子に乗ったセリメーヌはそこにいない知人たちを槍玉にあげ、侯爵たちはその機知をほめたたえる(表面的な欠点を捉えた人物描写で、当時流行した社交談話よりひどく悪意のあるものではない)。アルセストはセリメーヌにも、けしかける侯爵たちにも怒りを爆発させる。エリアヌのとりなしも無駄だ。そこへオロントが訴訟を起こしたと、警吏が呼びに来る。
第3幕
セリメーヌはふたりの侯爵のどちらにも色よい返事をしてあやつる。彼らのあとに、年増女のアルシノエが来て、セリメーヌの社交界での成功をねたみ、道徳家ぶってセリメーヌの品行を注意する。セリメーヌは巧妙に反撃してアルシノエの偽善をつく。フィラントのとりなしでオロントの件をかたづけたアルセストが戻り、セリメーヌはアルシノエを彼に任せてひっこんでしまう。彼を憎からず思っていたアルシノエが水を向けるが、彼がセリメーヌ以外には見向きもしないので、セリメーヌの浮気心の証拠の手紙を見せるともちかける。
第4幕
アルセストはセリメーヌに、彼女のオロントあての恋文をつきつけて怒る。セリメーヌは自分の筆跡なのを否定しないが、宛先が明記してないのをたてに猛烈に逆襲する。こんな目にあっても恋がさめない自分をアルセストは悲痛に嘆く。
第5幕
アルシノエの策動で侯爵たちやオロントが乗り込み、それぞれセリメーヌからの手紙を読み上げる。宛名人のほかのすべての知人を笑いものにしてある。セリメーヌをののしって去る。アルセストは運動しなかったために正当な訟証に敗れ、2万フランを失ったところで、ますますいやになり、セリメーヌに、世間から離れる条件で、結婚を申し込む。セリメーヌはことわる。結婚することになったフィラントとエリアヌの引きとめも空しくアルセストは孤独を求めて出発する。
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付記
1663年ごろから準備した最も時間をかけた作品。詩句の格調の高さ、笑劇的くすぐりの要素の少なさ、こっけいがすべて心理の動きから生じることによって、性格喜劇の最高峰とされる。ボワロなどの知識人の絶賛を受けたが、一般観客はややとまどった。のちにルソーは正しい人物を笑い物にする劇と非難したが、行き過ぎのこっけいさという作者の着眼点を見逃した議論である。
「人間嫌い」
著者: モリエール