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Vol.48「女の一生」 モーパッサン

Photo 下記の作品案内は、代表的作家の生涯・主要作品が要領よく解説され、さらに充実の翻訳文献を付した、現在入手しうる最良の文学案内として好評を得ている世界文学シリーズからの一冊、「フランス文学案内」(朝日出版社)より引用しています。


女の一生 Une vie(1883)小説

ギ・ド・モーパッサン Guy de Maupassant18501893) 小説家

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あらすじ

1819年5月、修道院の寄宿女学校を出た純真な17歳のジャヌは、輝く金髪で、人形のように青い目をした健康な娘に成熟していた。父デ・ヴォー男爵は18世紀的教養の楽天的な合理主義と人のよさの混合で、経済観念がなく、父祖伝来の所有農地を次々に売って暮らす。母も昔風の貴族らしくお金はひとに恵むためにあると考えていた。

ノルマンディーの英仏海峡に面した断崖の近くに立つ別荘レ・プープルの館(結婚後はジャヌのものとされている)に移った一家は、村の司祭から青年子爵ジュリヤン・ド・ラマールを紹介される。死んだ父の負債を整理し、残った農園に移ったので近所に来たのである。彼はどんな階級の女でもふり返るような美男子だが、同性にはいや味に思われた。貴族の家系の話で男爵夫人のお相手をして気に入られ、規則的に訪れるようになる。

舟遊びの日、海を前にしての語らいがジャヌに強い印象を与え、帰った夜《ほんとにあのかたなのだろうか》と少し前から予感していた愛の期待に胸を震わす。彼の求婚は受け入れられた。ジャヌの方が財産が多く、ひとり娘にむこを取る形となった。結婚初夜、何が起こるかよく知らなかったジャヌは、ジュリヤンの性急な愛撫とそのあと眠りこけたのにショックを受けたが、新婚旅行のコルシカで愛の喜びを知った。けれどレ・プープル館に帰った晩から寝室は別となった。 

ジュリヤンは男爵の無能をののしるほど倹約に熱中を見せ、身だしなみに気を使わなくなる。ジャヌの乳母の娘で女中のロザリーが私生児を生み、そのあとからジュリヤンが妙にジャヌの寝室を訪れる。彼女が拒んだ夜、悪感を訴えに夫の部屋へ行くと、ベッドに夫とロザリーがいた。ロザリーの子の父はジュリヤンだったのだ。実に、彼は最初の夕食に招かれた晩、帰ったふりをして戻り、ロザリーの部屋に忍び込んだし、新婚旅行から帰った夜もそうだったのだ。だが、ジャヌも身ごもった。一家の怒りは、男にはよくあることだという司祭のなだめの前に長続きしなかった。ジャヌは生まれた男の子ポールを溺愛する。母が死に、ジュリヤンはフールヴィル伯爵夫人と密通、牧場の移動小屋で密会中、伯爵に小屋ごと崖に落とされて死ぬ。

甘やかされたポールはルーアンの学校へ入ると借金をつくり、やがて娼婦のような女と逃げる。株式相場、船会社とポールは大きな計画を立てては失敗、そのしり拭いに祖父の男爵は領地を切り売りし、やがて心痛で死ぬ。

24年ぶりに現われたロザリーの忠告でレ・プープルを売り、つましい暮らしに入る。ポールの情婦は産後に死に、ロザリーが連れ戻したのは女の赤ん坊だった。抱いたそのぬくもりにジャヌは感動する。ポールもあす帰るという。末尾のロザリーのことば《人生って、思うほどにはよくも悪くもないもんですねえ》は盲目的な健康さが救いとなることを示すが、ジャヌにはそのような強さはなく、全編の救いとはならない。

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付記

時代を作者が生まれる以前にしている唯一の作品で、外枠は古い貴族の没落過程。作者の他の作品や自然主義からも離れて独自の名声を保つ名作。

「女の一生」

著者: モーパッサン

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2010/02/22