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Vol.41「裸者と死者」 メイラー

Photo 下記の作品案内は、代表的作家の生涯・主要作品が要領よく解説され、さらに充実の翻訳文献を付した、現在入手しうる最良の文学案内として好評を得ている世界文学シリーズからの一冊、「アメリカ文学案内」(朝日出版社)より引用しています。


裸者と死者 The Naked and the Dead(1948)長編小説

ノーマン・メイラー Norman Mailer19232007) 小説家

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軍隊批判

太平洋戦争下で、日本軍の死守する孤島アノポペイに米軍が上陸作戦をしかける物語。だが日本軍との戦闘場面は希薄であり、連合軍による枢軸側に対する反ファシズムの戦いといった大義の高揚は見られず、ファシズムはむしろ軍隊組織そのものの本質としてとらえられている。

部隊を率いるカミングズ(Cummings)将軍にしてからが、ハーヴァード大学出の理想主義的なインテリ将校ハーン(Hearn)相手に「ファシズムの観念は、間違った国ではじまってしまったのだ。完全に発展するための、十分な、本来的力をもたない国においてだ。…アメリカはこの夢想を吸収しようとしている」と言って憚らないしまつである。彼のファシズムの哲学とはこうだ。「未来の唯一の道徳は、権力の道徳である。…それと調和し得ない人間は滅びなければならない。権力にはひとつの特徴がある。それは上から下へしか流れることができない」。

将軍の軍隊哲学の手先として活躍するのが小隊を率いる鬼軍曹クロフト(Croft)である。彼はレッド(Red)のような兵卒をしごくことに快感を覚えるサディストであるが、階級が上なのに経験に乏しく統率力がないハーンには本能的な反感を抱いている。

自然主義からメルヴィル的不条理へ

小隊はアナカ山登攀という危険な任務を与えられ、ハーンはクロフトによって日本兵の隠れている密林のなかへ誘き出され、撃たれて死ぬ。アナカ山はしばしば批評家たちによって白鯨モービー・ディックに、クロフトはエイハブ船長に擬せられる。鬱憤ばらしはできたものの、クロフトの一行は熊ん蜂の襲撃に遭って引き返すことになる。

日本軍の殲滅と島の占領には成功したが、それは緻密な戦略家カミングズの作戦とも兵たちの命がけの努力ともまったく無関係で、カミングズの一時の留守を預かった愚鈍な少佐ダルソン(Dalleson)のでたらめな作戦が偶然にも功を奏してしまったからであった。

社会主義的パノラマ、そして美しい日本兵

ひとつの部隊という集団を描く手法はドス・パソスから受け継いだものである。現在の物語はときどき中断されて「タイム・マシン」という中間章が挿入され、各人物の過去が紹介され、それぞれがトラウマを抱えて現在の人格が形成されていることが示される。意外にも権力者の将軍も冷酷な軍曹も妻に裏切られてサディストになっている。深層心理の決定論である。

多様な人種の兵士が登場する。ワスプ、アイルランド系、イタリア系、メキシコ系、ポーランド系、ユダヤ系など。戦闘のあと、日系兵ワカラはひとりの敵兵の死体のポケットから取り出した手帳を読む。イシマルというこの日本人はそこに故郷を偲ぶ美しい詩文を記していて米兵たちに感銘を与える。クロフトによる日本軍捕虜1名の殺害のエピソード、そして日本軍の死屍累々の中を歩き回るくだりが続いた後に出てくる場面なのだが、これはおそらく全編中もっとも美しいくだりである。

【名句】The army can be seen as a preview of the future.Cummings)「軍隊を未来の試写会として見ることができる」(カミングズ将軍)


「裸者と死者」

著者: メイラー

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2009/11/30