Vol.35「星の王子」 サン=テグジュペリ
下記の作品案内は、代表的作家の生涯・主要作品が要領よく解説され、さらに充実の翻訳文献を付した、現在入手しうる最良の文学案内として好評を得ている世界文学シリーズからの一冊、「フランス文学案内」(朝日出版社)より引用しています。 |
星の王子 le Petit prince(1943)童話
アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ Antoine de Saint-Exupéry(1900-1944) 小説家
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あらすじ エンジンの故障でサハラ砂漠のまんなかに不時着した飛行士がひとり絶望していると、《象の絵をかいてよ》と子供に声をかけられる(作者自筆の水彩画の挿絵によれば、ナポレオンのような姿で剣を吊っている)。どぎもを抜かれた飛行士がいろいろたずねると、これは別の星の王子なのだ。その星は部屋くらいの大きさで、王子と羊で暮らしていたが、ある時バラが一輪咲いた。これがこの星のすべての住人である。王子はバラを愛し、羊に食べられないように、いろいろ世話をしたが、バラはわがままで怒ってばかりいる。耐えられなくなった王子はついに星を去って、宇宙漫遊に出かけた。 最初に着いた星では王様がひとりでいばっている。次の星では自慢屋がだれもいないのに拍手されたと思って、おじぎをして暮らしている。次の星では呑んべえがだらしない生活をしている。次は実業家の星で、おかねの計算ばかりしている。次はガス燈点火夫の星で、数分ごとに夜になるから、ガス燈を消したりつけたり、機械的な仕事に追われている。王子としては、おとなというのはすべて変人だという印象を持った。次の星の住人は地理学者で、地球という大きな星を教えてくれた。地球はほんとうに広く、王子は自分の孤独を実感する。山に登って叫んでみると、こだまは《ぼくはひとりぼっち、ぼくはひとりぼっち》と返って来る。 ある谷間の庭で、自分の星に残して来たバラと同じ花が無数に咲いているので、ショックを受ける。ぼくのバラは特別なものではなかったのか。だがそこで賢いきつねに会い、きつねは友達になるということの意味を教えてくれる。友達になれば、王子にとってこのきつねはほかのきつねとは別のきつねになるのだし、王子の星のバラは、ほかのバラとは別のバラとなるのだ。王子はへびとも友達になっていた。いまや、自分の星のバラに対して愛情が足らなかったと知った王子は、へびに頼んで咬んでもらい、自分の星に帰る。地上に残された王子の遺体を、飛行士は抱きしめるのだった。 ……………………………………………………………… 解説 はるかな後世にとっては、行動と意志の作品のひとつ(例えば『夜間飛行』)とこの作品が、サン=テグジュペリを代表するものとなるだろう。児童文学としても優れているが、それだけと見るのは全く間違っている。サン=テグジュペリには精神病理学的障害と思えるほどの幼少期への執着があり、その別の面として、おとなの世界への痛々しいほどの絶望がある。だからおとなとして生きて行くためには、開発期の飛行士という、死と背中合わせの緊張した生活を支える異常に強力な意志を必要としたのだ。 妻との関係を通じて、美しいわがままなバラというイメージに、彼の女性観が現われている。しかもなお、王子は自分のバラに戻ろうとする。そしておとなである飛行士は、王子のけなげな態度から、砂漠での不時着という危機を切り抜ける勇気を得る。だから、この作品には、サン=テグジュペリのすべてがあると言っていい。 フランス敗戦後の1940年、アルジェに退いて書かれた。リルケとカフカを愛読したあとでの、ほどよい象徴性を示している。なお、未亡人は“サン=テックス”というバーを開いた。
「星の王子」
著者: サン=テグジュペリ