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Vol.18 「魔の山」 マン

Photo 下記の作品案内は、代表的作家の生涯・主要作品が要領よく解説され、さらに充実の翻訳文献を付した、現在入手しうる最良の文学案内として好評を得ている世界文学シリーズからの一冊、「ドイツ文学案内」(朝日出版社)より引用しています。


魔の山 Der Zauberberg1924長篇小説

トーマス・マン Thomas Mann18751955)ドイツの小説家・評論家

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あらすじ

 第一次大戦の勃発する7年前のこと、ハンブルクの町に、ハンス・カストルプという青年がいた。大学で造船工学を修めた23歳の平凡な青年である。

ハンスは、いとこを見舞うために、3週間の予定でスイスのダヴォスに旅立った。いとこはヨアヒム・ツィームセンという若い軍人であったが、長いあいだダヴォスのサナトリウムで療養生活を送っているのである。ところが、サナトリウムに着いてみると、ハンスも肺を病んでいることがわかり、いとこと一緒に療養することになった。ハンスは、しだいにこの高原療養所の魔的な雰囲気に引きこまれ、病気や死に対して深い親近感を抱くようになる。そして、以後7年間も療養生活を続けることになってしまう。

彼は療養所「ベルク・ホーフ」で幾人かの知人を得た。なかでも心を惹かれたのは、クラウディア・ショーシャというロシアの女性であった。彼女は夫を国に残してヨーロッパ各地の療養所や湯治場を転々と渡り歩いている退廃的な女性であるが、不思議な魅力をたたえていた。

また、イタリアの文士、セテムブリーニとも知り合った。何よりも病気と死とを敵視し、西欧的な合理主義を尊重し、人道主義的モラリストをもって任ずる彼は、絶えず理性と道徳とを振りかざしながらハンスを訓戒し、病気と死の国は引きこまれそうな危険のあるこの「単純な」青年の教育の役を買って出て、ハンスに山を下りるようにすすめる。しかし、死に興味を抱き、退廃的なショーシャ夫人に心惹かれているハンスは、文士の忠告を受けつけようとしない。

7カ月後の謝肉祭の夜、ハンスはショーシャに愛を告白し、その夜彼女と結ばれる。彼女は翌日山を去る。

やがてハンスは、醜い小男のユダヤ人ナフタと知り合う。彼は、鋭い理論を縦横に駆使して、独裁をたたえ、テロを肯定し、一切の反個人主義的な専制政治を擁護し、共産主義的な神の国の到来を待ち望む狂信的なジェズイト派の一員である。したがって、個性を尊重する進歩主義者セテムブリーニとは、当然衝突しないわけにはいかない。二人のあいだに交わされる執拗な論戦にハンスといとこは固唾をのむ。

ほどなく、好転しない病状にしびれを切らしたいとこは、ハンスの制止を振りきって山を下り、軍務につく。山にとどまったハンスは、スキーを習い覚える。ある日、吹雪にとじこめられたとき、今までの体験を軸として、自己の生き方について考える。そして、人間は真に生きるためには、死への共感を脱却して、愛による生への奉仕に向かわなければならないということを確信する。

いとこは、病状を悪化させて山にもどり、まもなく死ぬ。ショーシャ夫人は、今度は引退したコーヒー王ペーパーコルンを伴って戻ってくる。この現世的な生の巨人ともいえるオランダ人からも、ハンスは多大の教訓と感動とを受ける。この生の王者の前では、ナフタと文士の論争などは、つまらない無駄話同然になってしまう。彼は、概念的ではなくて、感覚的な現在的な生に生きる「生そのもの」とも言える人間である。だが彼も、人生に敗れて自殺を遂げ、ショーシャもふたたび山を下りる。

ショーシャが去った後、ハンスは救いがたい無気力状態に陥る。そのとき、レコードで聴いたシューベルトの「菩提樹」の歌が、強くハンスの心をとらえる。療養所には、ヒステリー患者が続出する。ナフタは文士と自由について大論争を行った末、文士に決闘を申し込む。決闘の場で、文士は空に向けて発砲する。それを見たナフタは、卑怯者と罵倒し、ついに自分の頭をピストルで撃ち抜く。

世間から隔絶された山地で、ハンスが7年目の無為な生活を迎えつつあった時、突如として第一次世界大戦が勃発する。ハンスは「罪深い魔の山の洞窟」から平地へともどり、「菩提樹」の歌を口ずさみつつ戦場へと向かう。

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付記

1912年、マンは妻が療養しているダヴォスのサナトリウムを訪れ、3週間ほど滞在した。この時の見聞をもとにして、はじめは喜劇風の短篇を書くつもりであったが、それがしだいにふくれあがり、第一次大戦をはさんで、12年後に完成されたときには、1200ページに及ぶぼう大な作品となっていた。

マンの代表作ともいうべきこの作品は、伝統的な教養小説の形式で書かれている。「魔の山」はいわば『ヴィルヘルム・マイスター』の「教育州」であり、主人公ハンス・カストルプがここで出会う特異な人物たちは、それぞれ時代の精神や思想の体現者である。ハンス・カストルプは、これらの人物やさまざまな事件の影響を受け、感化されながら自己を形成してゆき、ついに生と死との対立を克服し、真の生の意味を悟った愛のヒューマニストとして人生に奉仕する決意を固める。ここでも、マンの文学の一貫した主題である生と死、生活力と芸術性、自然と精神などの対立がみごとに描き出されている。


「魔の山」

著者: マン

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2009/03/31