Vol.13「熱いトタン屋根の上の猫」 ウィリアムズ
下記の作品案内は、代表的作家の生涯・主要作品が要領よく解説され、さらに充実の翻訳文献を付した、現在入手しうる最良の文学案内として好評を得ている世界文学シリーズからの一冊、「アメリカ文学案内」(朝日出版社)より引用しています。 |
熱いトタン屋根の上の猫 Cat on a Hot Tin Roof(1955) 戯曲(3幕)
テネシー・ウィリアムズ Tennessee Williams(1911-83)劇作家
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嘘と真実の主題
劇作家としての成熟を示した戯曲で、二度目のピューリツァー賞受賞作。作者は序文で、「人間の抒情的表現とは、独房の囚人から囚人への悲しい叫び声であり、人は一生独房に閉じ込められたままなのである」(Personal lyricism is the outcry of prisoner to prisoner from the cell in solitary where each is confined for the duration of his life.)と孤独な魂の叫びを描く姿勢を明確にしている。南部の大富豪の屋敷を舞台にしたこの作品では、癌に侵されている一家の主の遺産を前にして、人生からの逃避と生への執着のドラマが展開し、作者がこだわり続けた嘘と真実の主題が追求されていく。
マギーの焦燥(第1幕)
南部の大農園主であるビッグ・ダディ(Big Daddy)は、癌で余命いくばくもないが、本人も妻も本当のことを聞かされていない。長男と次男夫婦が誕生日を祝いに来ているが、長男のグーパー(Gooper)と妻メイ(Mae)は、五人の子供を方便に、遺産の相続を独占しようとしている。次男ブリック(Brick)は仕事もせず、酒ばかり飲んでいる毎日で、妻との夫婦生活も途絶えており、前の晩に酔って骨折して松葉杖をついている。相続争いには負けたくないと焦りを感じているのが、ブリックの妻マーガレット(Margaret)である。マギーと呼ばれている彼女は、今の自分を「熱いトタン屋根の上の猫」のようだと言い、自分の肉体で夫の愛を取り戻してみせると必死である。彼女はブリックの過去の古傷に言及する。ブリックと親友スキッパー(Skipper)との間に同性愛的なものを感じた彼女は、その真偽を確かめようとスキッパーを誘惑したが、彼は行為を果たせず、その後命を絶ってしまい、それ以来ブリックは酒に溺れる毎日なのである。
真実の重さ(第2幕)
癌の疑いが晴れたと聞かされたビッグ・ダディが、飲んだくれのブリックに対して、お前は真実を直視する勇気がないと迫る。興奮したブリックは、癌だという真実を告げてしまい、嘘つきと非難されると、「嘘の中で生きるのが人間です」(Mendacity is a system that we live in.)と居直り、父親はショックで寝室に引きこもる。
嘘を真実に(第3幕)
長男夫婦は医師を説得し、母親にビッグ・ダディの癌の事実を告げさせ、相続の話を持ちだす。だが動揺した母親は、彼らの打算をはねつけ、夫が生きている間にブリックの子供を見せたいと彼にすがるように言う。するとマギーは、自分はすでに妊娠していると皆の前で宣言する。部屋で二人だけになると、彼女はブリックの松葉杖と酒を取り上げ、「今夜、私たちは嘘を誠にするのよ」(And so tonight we’re going to make the lie true…)と夫をベッドに誘うのである。
初演の際に演出家エリア・カザン(Elia Kazan)の示唆を受けて、第3幕を中心に作者が書き改め、原台本と上演台本の両方を載せた戯曲が出版された。上演版では、第3幕でビッグ・ダディを再び登場させ、ブリックが挫折から立ち直り、マギーをかばい、その生への執着と勇気をほめる言葉まで述べる。だが作者はこの変更に不満の思いがあり、74年、再演の際の改訂で、この上演台本のラストでのブリックの変貌を削除している。