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Vol.10 「人間の条件」 マルロー

1733下記の作品案内は、代表的作家の生涯・主要作品が要領よく解説され、さらに充実の翻訳文献を付した、現在入手しうる最良の文学案内として好評を得ている世界文学シリーズからの一冊、「フランス文学案内」(朝日出版社)より引用しています。

 

 


人間の条件 la Condition humaine1933) 小説

アンドレ・マルロー André Malraux190176)小説家・評論家

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あらすじ

《陳は、かやを持ちあげようとするのだろうか? それともそのまま刺し貫くのだろうか? 苦悩は陳の胃をよじっていた。》この書き出しは決定的に新しかった。陳がどんな顔をした人間なのかは最後まで問題にならず、一方、読者は最初から極限状態での作中人物の行動のまっただなかに置かれる。

冒頭の1927年3月21日午前零時の場面から、血の4月を経て7月まで、7部にわかれ、それぞれ見出しは日付けであり、各章の区切りに時刻が示され、事件は常に数名の中心人物の個別的な体験を通じて、直線的に語られる。

それをまとめよう。

テロリスト陳は初めて眠っている人間を殺した。北部軍閥政府が支配する上海(シャンハイ)で、中国共産党は暴動を起こすため、武器仲買人を殺して引渡し書を奪い、密輸される武器を手に入れる。この殺人によって陳の孤独は深まるが、暴動は成功する。

1924年の国共合作により同盟していた蔣介石の国民党軍は上海に進駐し、共産軍に武器引渡しを要求する。党中央は、モスクワから指令もあり、当面は国共合作を続けるために、この要求に応ずるつもりだが、陳も、彼の同志である日仏混血児清(キョ)・ジゾールもロシア人カトフも応じたくない。陳は独断で蔣介石暗殺を企て、失敗して自殺する。蔣介石は共産党との絶縁を決意、4月12日のクーデターで上海を制圧、捕われた清は裏切りの誘いに屈せず自殺、カトフは蒸気機関車のかまに投げこまれる順番を待つあいだ、持っていたふたりぶんの青酸カリを苦しんでいる中国人の同志に与え、自分は焼き殺される。

7月、清の父で元北京大学教授のジゾールは中国を脱出、亡き日本人妻の兄である蒲(かま)画伯を頼って神戸で暮らしている。そこへ、清の妻だったドイツ人の女医メイが訪ねて来、戦いを続けるためにモスクワへ行くことをすすめるが、老人は、清を失ったことで生からも死からも解放され、苦悩を失ったがゆえにマルクス主義とも離れてしまったといい、ここで《このむなしさ》を静観する覚悟だ。

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解説

《人間の条件》とは死の必然性であり、両肩に釘を打ちこまれた男は自尊心など失い“女のように”泣きわめかざるをえない(共産主義者を殺すことに生きがいを感じる蔣介石の秘密警察局長ケーニヒの、ロシア革命内戦中、赤軍に捕まった時の経験)ことである。

清はすべてを知った上で、ケーニヒの前でも平然と、《自尊心は、屈辱とは反対のものです》と言い切る。ともに戦っているひとたちに自尊心を可能にさせるために戦うのであり、死を覚悟して(人間の条件を乗り越えて)生きることに生きる価値を見出すのだ。

同志たちと処刑を待ちながら清は黙って“日本人的に”、服毒する。蔣介石をそそのかすフランス資本家フェラルはエロチズムによって存在感を支え、すべての人物が死の影と戦っている。この中で老ジゾールの通訳を介して語られる。

日本人画家蒲の理想は、その後のマルロー自身の発展に深い関係がある。《いっさいは記号であり、記号から表象された物自体に向かうということは、世界をきわめることである。》《人間は死とも通ずることができる……おそらくそれが人生の意義なのだ。》

2008/12/24