Vol.9 「ヒュペーリオン」 ヘルダーリン
下記の作品案内は、代表的作家の生涯・主要作品が要領よく解説され、さらに充実の翻訳文献を付した、現在入手しうる最良の文学案内として好評を得ている世界文学シリーズからの一冊、「ドイツ文学案内」(朝日出版社)より引用しています。 |
ヒュペーリオン Hyperion(第1巻 1797、第2巻 1799)書簡体の小説
フリードリヒ・ヘルダーリン Friedrich Hölderlin(1770-1843) ドイツの詩人
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あらすじ
第一部は、ギリシアの青年ヒュペーリオンが、ドイツの友人ベラルミンに宛てた書簡から成る。
教師アダマスの感化によって、栄光にかがやく祖国の歴史に開眼したヒュペーリオンは、現在トルコの支配下にあって圧政に苦しんでいる祖国を憂える。アダマスは、祖国を解放してくれるものはロシア以外にないと言い、ロシアに行ってしまう。ヒュペーリオンはスミルナに旅立ち、美しい自然や偉大な遺跡等に接して感動するが、一方、堕落頽廃した同胞の生活を見て悲痛な思いにとらわれる。
ある日彼は剛毅な実行型の青年アラバンダとめぐりあい、二人は祖国解放運動の同志となる。が、まもなくささいなことから仲違いしてしまう。やがてカラウレア島に友人を訪れたヒュペーリオンは、そこで古代ギリシアの美をそなえたディオティーマと知り合い、二人は純粋な精神的愛によって結ばれる。
第二部は、ヒュペーリオンからベラルミンやディオティーマにあてた手紙、ならびにディオティーマから送られてきた手紙等から成り立っている。
久しく消息を絶っていた同志アラバンダから、トルコ皇帝を追放して祖国の独立をかちとろうという誘いを受けたヒュペーリオンは、愛人の制止をふりきって戦場におもむく。そしてアラバンダと再会し、民衆を指揮して輝かしい戦果を収める。
ところが、勝利に酔った民衆たちは暴徒と化して悪事の限りをつくす。絶望した彼は、愛人に別離の手紙を送り、ロシア艦隊の乗組員として海戦に参加し、重傷を負う。やがてアラバンダの看護で回復した彼は、愛人とともに静かな余生を送りたいと願うが、その頃愛人は彼に対する心痛がもとで息をひきとってしまう。
失意にくれた彼は、ドイツへの旅に出る。が、彼の目に映る文化はひどく荒廃しており、ドイツ国民もまた人間性を喪失していると感じられる。彼はその原因は、人びとが聖なる自然を尊重する心を忘れたためであると思い、真の人間性を培うものは自然以外にありえないと悟って、ひたすら祖国の自然とともに生きようと決意する。
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付記
ヘルダーリンの唯一の散文作品。荒廃したドイツを憂え、古代ギリシアを範として、彼の理想とする美と調和と愛にみちた世界を地上に再現することを希求して書かれたものである。また作者は、ゴンタルト夫人との愛の体験を、主人公とディオティーマとの邂逅と別離に表出することによって夫人への愛を浄化した。発表当時はほとんど認められず、その後も長いあいだかえりみられなかったが、19世紀後半になってにわかに注目され、思想界、神学界にまで大きな影響を与えた。特にニーチェはこの書を愛読し、『ツァラトゥストラ』にもその影響が見られる。
「ヒュペーリオン」
著者: ヘルダーリン