Vol.5 「ヴィルヘルム・マイスターの修業時代」 ゲーテ
下記の作品案内は、代表的作家の生涯・主要作品が要領よく解説され、さらに充実の翻訳文献を付した、現在入手しうる最良の文学案内として好評を得ている世界文学シリーズからの一冊、「ドイツ文学案内」(朝日出版社)より引用しています。 |
ヴィルヘルム・マイスターの修業時代 Wilhelm Meisters Lehrjahre(1795-96)長篇小説
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ Johann Wolfgang von Goethe(1749-1832) ドイツの詩人・小説家・劇作家
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あらすじ
裕福な商家に生まれ、家業を継ぐよう望まれていたヴィルヘルム・マイスターは、父の期待に反して、幼少の頃から演劇にあこがれ、長ずるに及んで、いつの日かドイツ演劇界の改革者になりたいと志すようになった。
彼は、青春の情熱のおもむくままに、女優マリアンネに夢中になり、一緒に暮らしたいと願うが、父の反対は目に見えている。折から、見聞を広めるために旅行せよとの父の言葉を受けた彼は、かねての希望を達成すべき機会が到来したことを喜ぶ。
すでにマリアンネとひそかに結ばれていた彼は、ひとまず自分だけが先に旅立って、どこかの劇団で地位を得てから、彼女を呼び寄せようと計画する。が、ある夜、彼女から冷たくあしらわれて悲しんだ彼は、愛のかたみにと思って、彼女のマフラーを持ち帰る。しかし、ふたたび未練の情に駆られて引き返したとき、彼女の家から、男が出てくるのを見てしまった。衝撃を受けて帰宅した彼は、マフラーの中から、その夜来訪する旨をしたためた情人の手紙を発見する。動かぬ証拠を手にした彼の苦悩は極限に達し、重い病にたおれる。やがて回復した彼は、過去の情熱につながる一切を払拭しようと努め、黙々と家業に精励する。が、初心はついに忘却しがたく、彼はふたたび旅に出る。
ある町で、メリーナという芸人のひきいる旅まわりの一座と知り合った彼は、一緒に旅をつづける。あるとき、サーカスの団長から虐待されているミニョンという12歳の少女に会ったヴィルヘルムは、金を出して少女を引きとる。彼女は、ヴィルヘルムを慕って忠実に仕える。彼はまた、不思議な竪琴ひきの老人と知り合ったが、この老人とミニョンの孤独な魂は、騒々しく浮ついた貴族や芸人の社会を遍歴するヴィルヘルムにとって、こよない慰めとなった。このような生活のうちにもヴィルヘルムの胸中を、時として懐郷の思いが去来する。浮気で魅力的な一座の女優フィリーネはその都度彼に言い寄って、彼の帰郷を思いとどまらせる。ヴィルヘルムの周囲に、おいおい芸人たちが集まってくる。メリーナは、彼を説得して劇団を創立するための資金を出させた。
ある日、某伯爵が彼の滞在する旅館に同宿する。伯爵は芸人たちに好意をもち、自分の城で上演するようすすめる。ヴィルヘルムはそれに応じて戯曲を書くかたわら、敬慕する伯爵夫人のために詩をつくる。
まもなくその城を辞去した一座は、旅をつづける途中、盗賊に襲われて金品を略奪される。防戦したヴィルヘルムは重傷を負って失神する。意識を回復したときは、フィリーネの腕に抱かれていた。ほかに残っている者はミニョンだけで、あとはすべて逃げ去ってしまった。不安な時を過ごすうちに、一隊の旅行者が近づき、白馬から下り立った気高い貴婦人が、ヴィルヘルムを介抱してくれる。隣村にたどりついたヴィルヘルムは、一座の者たちと再会する。団員たちは彼を責め、めいめいの損害を彼に弁償させる。ヴィルヘルムは自分を救ってくれた貴婦人を思い、八方手を尽くして彼女を捜すが見つからない。
程なく一座は、ヴィルヘルムの旧友で劇団の座長をつとめているゼルローのもとに身を寄せる。ヴィルヘルムは座長の妹アウレーリエと知り合い、親しくなる。アウレーリエにはフェリックスという3歳の男児がたえずまつわりついているが、彼女はかつて貴族と関係して捨てられたことがあるので、その子は人びとに彼女の実子だと思われている。彼女は過去の恋をヴィルヘルムに語り、不実な恋人ロターリオに手紙を渡してほしいと言い残して、まもなく病死する。
ヴィルヘルムは不幸なアウレーリエと残された子どものために、ロターリオを面詰しようと決意するが、実際に会ってみると、彼は高潔な人物であったので、闘志はそがれ、かえって敬仰の念を抱く。そして、今までロターリオとアウレーリエとの子だと思っていたフェリックスが、実は彼らとは全く無関係な、他人の子であることを知った。ロターリオは、かつてあこがれの国アメリカに渡った経験があるが、故郷にもどってからは、「この地こそわがアメリカ」と言い、かつては婚約の仲にあったテレーゼとともに、利己や打算を度外視して、理想的な土地管理を行なっている。
ヴィルヘルムは、博愛の精神にもとづいた彼ら二人の活動ぶりを見、にわかに実践的活動への意欲をおぼえる。こうした心境の変化が機縁となり、演劇界と訣別しようと決意した彼は、放浪の旅を打ちきって故郷に向かう。帰郷した彼は、かつての恋人マリアンネの世話をしていた老婆の口から、マリアンネが、生涯彼に操を立て通しつつ、彼の子を残して死んだこと、そして、その子がフェリックスという名前であることなどを聞いて愕然とする。
やがて彼は、ロターリオに対する敬仰の念から、ロターリオの居住地の近くに住居を定めて実践的な社会活動に入る。理想的な社会の建設を志して「塔の結社」を主宰しているロターリオは、ヴィルヘルムに彼の修業時代が終了したことを宣言する証書を渡す。
ヴィルヘルムはわが子フェリックスのためにも母が必要であると感じて、テレーゼに求婚する。
その頃ロターリオの妹ナターリエのもとに預けられていたミニョンが重病にかかる。ヴィルヘルムが見舞いに行ってみると、意外にもナターリエは、彼が夢にも忘れなかった白馬の貴婦人その人であった。彼の心は急速にナターリエに傾くが、折悪しく、すでにテレーゼからの承諾を得、結婚の準備をととのえていたところであった。ひそかにヴィルヘルムを思慕しつづけてきたミニョンは、ある日テレーゼがヴィルヘルムを抱擁するところを見、失神して息をひきとる。
葬式に参列したイタリアの侯爵によって、ミニョンが侯爵の姪に当たることや、竪琴ひきの老人がミニョンの父であったことが明らかにされる。思いがけないいきさつで、テレーゼはロターリオと結婚することになり、一方ヴィルヘルムはナターリエと結ばれる。
やがてヴィルヘルムは、イタリアの侯爵からミニョンの故郷に招待される。
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付記
この作品は、商家に生まれた主人公が、自己の内的欲求から家を出て、各地を遍歴し、各種多様な人に出会い、さまざまな体験を重ねながら成長してゆく物語である。このように個人の発展・形成の過程を描いた小説を教養小説と言い、この作品は、その偉大なる典範となった。自己の体験を大切にするドイツの作家は、このような形式で自己の内的発展を詩化することを好むため、この作品以後、教養小説はドイツ文学の主流をなすジャンルのひとつとなった。『青い花』、『晩夏』、『緑のハインリヒ』、『魔の山』、『ガラス玉遊戯』等後代の主要な教養小説は、すべてこの作品から大きな影響を受けている。