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2011年1月19日 (水)

「番記者」と“beat reporter”の違いについて考える

2011年最初の“Express Yourself”です。本年もよろしくお願い申し上げます。この年末年始は、在東京の外国メディアの方々と情報交換を行い、これまでの私自身の活動を英語で伝えたり、日本のメディアの状況について英語で考える機会が多くありました。その中で気になった単語があります。それは

beat

です。<beat> と言えばマイケル・ジャクソンの“Beat It”を連想される方が多いかと思いますが、 果たして「報道」とこの <beat>、どんな関係があるのでしょうか?

ジャーナリズムにおける <beat> は、記者が取材する専門分野のことです。金融であれば:

My beat is finance.
(私は金融が専門の記者です)

となります。日本語では <beat> に相当するものがありません。たとえば、新聞社やテレビ局の報道では大きく「経済部」、「政治部」、「社会部」に分けられています。経済部にいる記者を「経済記者」と言ったりしますから、その記者が所属する部署が <beat> だとも言えます。また、それぞれの「取材部」には「記者クラブ」があり、各関係団体・機関に報道各社で形成するクラブがあります。経済部であれば、さらにその中で担当する企業、政治部であれば担当する政治家によって「番記者」がいます。「番」は日本国語大辞典によると「かわるがわる勤めに当たること・順番によって行う勤め・当番」を意味します。内閣総理大臣は、政治ニュースの中心なので、一挙手一投足が記者によってフォローされます。でも、一人でずっと「寝ずの番」をするわけにもいかないので、大手新聞社は三名ほどで「かわるがわる勤めに当たる」、まさに「番」記者制を敷いています。

一方、英語メディアにおける <beat> は以下のような使い方があります:

I met him on my beat and he is a great financial analyst. Let me introduce him.

日本語に直すと「自分の専門分野で取材中にすばらしい金融アナリストに会ったから彼を紹介させてくれ」となります。ただ、この <beat> はかなり奥深い単語で、アメリカのジャーナリスト養成機関の“Poynter”は次のように <beat reporter(特定ジャンルを専門的に取材対象としている記者)> について書いています:

“Probably the hardest part of being a beat reporter is staying on top of things and dealing with sources you have to return to every day even if you've written a story they don't like. Unlike other journalists, beat reporters every day face the challenge of encountering sources who may not be pleased with their reporting. That experience, although sometimes painful, helps instill the quality of persistence that defines good reporters.”
(「おそらく <beat reporter> であることの一番難しいところは、取材源・取材対象者にとっては好ましくない記事を書いたとしても、日々彼らのもとに通って関係を築き、すべての情報を把握し続けることだ。 他のジャーナリスト (記者) と違って、<beat reporter> たちは、彼らの報道の仕方を喜ばしくないと思うかもしれない取材源と対峙するという困難と毎日向き合わなければならない。その経験は、時にはつらいものだが、よい記者の条件である粘り強さを叩き込んでくれる」)

encounter ……………………… ~と対決する
instill ………………………… ~を染み込ませる
persistence …………………… 根気強さ、忍耐力

URL:
http://bit.ly/hAikFO

もともと名詞の <beater> はイギリスの狩猟における言葉で、オックスフォード現代英英辞典を引くと以下のように出てきます:

“a person employed to drive birds and animals out of bushes,etc... into the open, so they can be shot for sport.”
(「スポーツとしての狩猟で、草むらなどから動物や鳥を開かれた場所で撃ち取ることができるように追いやるために雇われた人」)

drive ……………………… ~を狩り立てる、追い詰める

なぜそれが <beater> なのかというと、棒を使って草むらを叩いて回ることからだと言われています。おそらくここから派生して、警察官が担当する地域のことを <beat> と言うようになったと言われています。日本で言う「所轄」と近いですね。報道における特定の取材対象範囲を <beat> と呼ぶのも、ここから援用されたのが始まりとする説が有力です。

興味深いのは、“Poynter”が <beat reporter> の重要な使命として挙げているのが、「取材対象者と密接に関わりつつも、必要であれば批判的な記事を書く」ということ。その語源が「獲物を撃ち取る」狩猟用語から来ているのも興味深いですね。日本の「番記者制度」は、 取材する側とされる側の間に、 批判をいとわないという本来必要な緊張関係がないと批判されることがよくあります。ただ「かわるがわる番をする」だけではなく、何か異常があれば声を上げて知らせる 「見張り番」 としての 「番」 の割合が、文化的な背景もあってか欧米よりは小さいと言えるでしょう。狩猟における <beater> ほどに攻撃的である必要はありませんが、 立ち位置としては日本の「番記者」と同じであると言える <beat reporter> に、そもそもなぜ <beat> という単語が使われるようになったかを考えてみると、ジャーナリズムのあるべき姿について気づかされること
が多いように思います。