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2010年9月15日 (水)

セレブをめざすよりも celebrate される人であることの方がいい理由

「セレブ」について考えてみたいと思います。<celeb> は <celebrity> の略で、みなさんがよくご存知の 「著名人」 を指す単語を略したもの。 ゴシップ誌などの見出しに <Celeb Photos!> などとあったりします。そのプライベートの動向でゴシップ誌の売れ行きが左右されるようなハリウッドスターが「セレブ」の代表格です。

The Hills』や『The OC』、わたしが大好きな『ゴシップガール』をはじめとする、十代から二十代の若手俳優たちが出演するテレビドラマシリーズが世界中でヒットしています。そういったドラマでブレイクしたブレイク・ライブリーやテイラー・モムセンなどが、ポストニコール・リッチー、リンジー・ローハン(どちらも「セレブ」代表格)として注目されており、その出演者たちのオフの写真が、 <Newest Celebs Fashion Photos!>  といった見出しでファッション誌で特集されることもあります。彼女たちがドラマで着る衣裳のみならず、オフのときのプライベート・ファッションが「セレブ・ファッション」「セレブ・ルック」など、ひとつの「スタイル」として注目されるようになったのです。

スターたちのきらびやかなイメージがある一方で、「セレブ/celeb」には、どこかネガティブなひびきもあります。それは、「ハリウッド ・ セレブ」の中には浪費家として批判される人がいることや、「若手セレブ代表格」であるパリス・ヒルトンやリンジー・ローハンが相次いで飲酒運転やドラッグ摂取などによって訴追され、収監されたことが理由としてあるでしょう。

彼女たちの「セレブ・ルック」は、著名人だからといって、ちょっと古い表現ですが、「ハイソ」 なわけではありません。 むしろ、「著名」であっても、 <trashy(ごてごてとして下品な感じ)> であることが特徴的です:

The newest fashion trend of the Hollywood's young celebs has been taken in by some designers and as a result, this season's high fashion is somewhat trashy.”
(ハリウッドの若いセレブたちの最新のファッションの流行がデザイナーによって取り入れられた結果、今シーズンのハイ・ファッションはいくばくかトラッシーである)

take in ~ ………… ~を取り入れる
high fashion ……… ハイ・ファッション (ランウェイで披露されるような高級な衣料品をメインとしたファッションのこと)

といったファッション記事をみかけたりします。「ハイソ」というとちょっと古い感じがする、と書きましたが、もともと「ハイソ」は <high society> を略したもの。いわゆる「上流社会」です。パリス・ヒルトン嬢は、いわずとしれたヒルトン・ホテルのオーナーの令嬢ですが、下品な映像のネット流出、露出の多いファッションから「トラッシー」なセレブ・ファッションの代表選手といったイメージです。

最近のアメリカの「セレブ」で面白いのが、本来「セレブ」は「ハイ・ソサエティ」の人々であったのに、その逆を行くようなファッションや行動が目立つところ。たとえば昔はジャクリーン ・ ケネディ・オナシスのように、高級感あふれるファッションが大衆の憧れでした。その「上流社会」の人たちが、自らのいる社会の規範や殻を破るかたちで、ファッションの冒険に乗りだした結果、「セレブ・ファッション」 が、 より挑戦的なスタイルへと変貌をとげていったのです。

さて、 <celebrity> は <celebration> と同じファミリーの単語です。 安室奈美恵さんのヒット曲で、 結婚式で歌われることの多い“CAN YOU CELEBRATE?”からもわかるとおり、<celebrate> には、「祝福する、祝う」という意味があります。<celebration> は「祝祭」という意味です。

米ELLE誌に、ジュリア・ロバーツ主演映画『食べて、祈って、恋をして』の特集記事があり、冒頭にこう書かれています:

“We're taking Elizabeth Gilbert's words to heart this month as we celebrate the adaptation of her explosively popular memoir, "Eat, Pray, Love.”
(「今月号ではエリザベス・ギルバート(本の著者であり主人公)のことばを心で感じ、 彼女の爆発的に人気な手記 『食べて、祈って、恋をして』の映画化を祝いたいと思います」)

take one's word to heart…(人)のことばを心を深く心に刻む
adaptation…………………… 改作、翻案
explosively……………………爆発的に
memoir………………………… 手記

ここでは「映画化を祝して」 という意味で <celebrate> が使われていますが、次のようになるとまた意味が変わります:

The highly celebrated memoir by Elizabeth Gilbert, “Eat, Pray, Love”
(非常に高く評価(絶賛)されたエリザベス・ギルバートの手記、『食べて、祈って、恋をして』)

となり、 ここでは <celebrate> は「評価する、褒める」の意味になります。 褒めることと祝うことが、 同じことばであるというのは面白いですね。 もともと <celebrate / celebrity> はラテン語の <celebritas (繁華・名声・祝祭)>  という単語から生まれたもの。メディアが今のように発達していなかったローマ社会では、「名声」のある人というのは、たとえばジュリアス・シーザーなどの偉大な指導者で、かれらの名声は市民挙げての「祝祭」をひらくほどの力をもっていたのです。

ラテン語とローマ文化の中から生まれた  <celebrity> の背景を考えると、「セレブ」とは本来、単に有名なだけでなく、民衆の「祝祭」をになう、共同体における高度な使命を負った特別な人々を指す、 と考えてよいでしょう。 苦しい日常生活を忘れさせてくれる「ハレの日」を祝うことと似ていて、<celebrity> は、巫女的な力を持って人々の祝いと祈りの対象となり、人々を癒す者、と言えるのではないでしょうか。

『食べて、祈って、恋をして』の原作では「祈り」と「癒し」が大きなテーマです。 表面的な豪華絢爛さを指す <celebrity> ではなく、 このことばが本来持っているより「精神的」なものを <celebrate> している作品です:

“Eat, Pray, Love” is a novel that celebrates the courage to embark upon a spiritual journey into the most profound place of one's heart.
(『食べて、祈って、恋をして』は、自分の心の一番深い部分に向けて、精神的な (=スピリチュアルな) 旅に出ることの勇気を褒めたたえる小説だ)

embark …………~に着手する、~に乗り出す
profound ………深い

有名なだけ、 知名度があるだけのヒト ・ モノに、 なんとなく多くの人が違和感を覚え始めている今、 真の <celebrity ― 祝い、褒められるべきもの> はどこにあるのか……その答えは、この本では意外に単純です:

You have to celebrate yourself.
(あなたは、あなた自身を褒め・祝わないといけない)

生を受け、 呼吸をし、 どんなに苦しいことがあっても二本の足でちゃんと立っているあなたこそ、 誰よりも <celebrate> されるべき人なのです。