「思い出す」という言葉について remember しておきたいこと
「夏が来れば思い出す はるかな尾瀬 遠い空」、『夏の思い出』(江間章子作詞、中田喜直作曲)、日本人なら誰もが口ずさむことができる歌です。お盆休みですね。暦の上では立秋を過ぎていますが、まだ蝉も元気に鳴いていて、子どもたちは夏休み。家族で実家に帰省していて、いつもとは違う場所でこのコラムを読んでいる方も多いことでしょう。
この「思い出す」という言葉のニュアンスを英語で伝えようとするとき、いつも私は逡巡してしまいます。
「夏が来れば思い出す はるかな尾瀬 遠い空」
■“When summer comes, I remember the faraway sky of distant Oze.”
どうでしょうか? ずいぶんと『夏の思い出』という曲にある詩情が失われてしまっているような気がしませんか?
これはやはり、「思い出す」という言葉にある、メランコリックな感じ、それこそ「遠い目」をして昔を懐かしむ旅愁のような感性が <remember> には無いからだと思います。
「思い出す」の訳語としては <remember>, <recall>, <remind> などがあります。選択肢は決して多くはありません。
そもそも、<remember> は、<member> がラテン語の <memorari> という「心にかける」という意味の言葉に 「再度」をあらわす <re> がくっついてできた単語です。 再度、 心に叩き込むことによって「覚える」「記憶する」「暗記する」という意味で使われます。なので、<remember> を和訳する場合 「思い出す」より「何らかの物事を覚えている、記憶している」としたほうがより本来の意味に近いのです。
■Do you remember the summer we spent in Oze?
これは、
「尾瀬で過ごした夏のことを覚えていますか?」
となります。「思い出しますか?」と訳しても間違いではないのですが、前後の文脈で、「懐かしむ」というニュアンスがある場合には、「思い出す」を使うこともありますが、一般的には「覚えている」と訳すでしょう。
「思い出す」と <remember> の差は、「記憶」の取り扱い方にあるように思います。
<remember> では「記憶」は、 たとえば歴史的出来事の年号など、たしかな「事実」をはっきりと「脳に刻んでいる」というニュアンスがあります。「記憶」を、さっとデータとして取り出すことができる。
ところが「思い出す」というと、「記憶」の取り出し方がもう少しゆっくりになるように思います。自分の中の記憶の糸をたぐりよせながら、そっと形をあらわすような、そんな「想起」の仕方が「思い出す」という日本語にはあります。
「記憶の糸をたぐりよせる」という感覚に近い英語としては、<recall> があります。まさに <call>、呼ぶ、 という単語に <re> がついていますから、「記憶を再び呼び出す、呼び起こす」という感じです:
■Can you recall the days we spent in Oze?
「尾瀬で過ごした日々を思い出せますか?」
ただ、<recall> というのは、 軍務などにおける「帰還命令」という意味でもつかわれる、どちらかと言えば硬質な単語なので、「夏が来れば思い出す」にある雰囲気を伝えきれません。
また、 <remind> は、「思い出させる、思い起こさせる」という意味ですから、訳語としてはかなり「思い出す」に近いように思いますが、以下のように使われます:
■August always reminds me of my grandfather who died in the Asia-Pacific War.
(8月はいつも私に、アジア太平洋戦争で亡くなった祖父のことを思い出させる)
つまり、自分自身で「思い出す」というよりも、外部の何かがきっかけとなって「思い起こす、気づく」というニュアンスです。ビジネスでも、アポイントメントなどの用事を忘れないように「リマインドして」と使ったりします:
■Remind me of the lunch meeting with our client tomorrow.
(クライアントとの明日のランチ・ミーティングについてリマインドしてね)
上のような「リマインド」はだいぶカタカナ英語として定着している感があります。しみじみとした「思い出す」とは、また趣が異なりますね。
「時間」と「記憶・歴史」をめぐる感覚が西洋と日本では異なる、ということはよく言われています。西洋は「歴史、時間」は積み重なっていくものととらえ、日本人は水のように流れてゆくようなものとして「歴史」をとらえている、と。
「思い出す」という言葉に焦点をあててみると、たしかに <remember> や <recall>、<remind> よりももっと「やわらかく」 記憶や歴史、過去に起きた出来事について思いをはせるところがあります。
日本人の「思い出す」という行為は、さまざまな感情がいくえにも連なり、とても深い心のしぐさだということが、「過去」に向けた「思い出す」という姿勢の中に感じることができます。ただ「水」のように流れてしまっていては、そのように「思い出す」ことはできないでしょう。「水のように流れてしまう」というよりは、大きな湖がたゆたっているように、西洋の直線的な時間の流れとはちがう「時」の存在のしかたが、日本にはあるのではないでしょうか。
お盆である夏のこの時期は、失われていった人々について「思い出す」季節です。 <remember> と思い出すことの違いについて、想いをはせてみました。







