Learning how to be different:
違いを認めることを学ぶ
「違いを認める」ことってむずかしいと思ったことはありませんか? ちょうど先週、32歳になって、だいぶオトナになったものだなぁと、いままでの自分のキャリアのことを振り返っていたとき、オノ・ ヨーコさんが Twitter のアカウントで Tweet(Twitter で「つぶやく」こと)していた言葉がとても心に刺さりました:
■“I'm not trying to be unique or different. Without making any effort we're all different. The problem is not how to become different or unique, but how to communicate when we are so different.(@yokoono)”
私は、英語の Tweet で、気になるものは、自分の Twitter account(@5helenadrive)で 「つぶ訳」と称して、日本語に訳してお伝えすることがあります。このオノ・ヨーコさんの「つぶ訳」はこちら:
「私は個性的になろう、変わった人間であろう、としているのではありません。 何にも努力しなくたって、 私たちはみんな違いを持った人間なのです。大事なのは、人と違う、個性的な人間になることではなく、こんなにも違いを持った人間同士がどうやって通じ合えるか、なのです」
この世に生を受けた人は、 みな <one and only>、唯一無二の存在です。だから「違い(difference)」があって当たり前なのです。でも「違い」に対して時に、人間は残酷です。文化や国の間にある「違い」によって多くの命が犠牲になってきたのが人類の「戦争」の歴史。だからこそ、「『違い』はあって当然」と思うことさえできれば、大きな一歩が踏み出せるはずです。
<how to communicate> を 「どうやって通じ合えるか」と訳しました。「コミュニケーションを取る」という表現は、日本語としても大分一般的になっています。これは、「理解し合う・分かり合う」、「気持ちが通い合う」という意味です。
誰かと「通じ合う」と言う時、私たちはまず「共通点」をどれだけ見いだせるか、に基準をおきます。オノ・ヨーコさんが言うように私たち一人一人は <without making any effort(何の努力もせず)>、 つまり「生まれながらにして」、それぞれの個性があり、「違う人格」を持っています。だから、誰かとまったく「同じ人間」であることは不可能です。もちろん、共通点を見つけることも幸せなこと。でも、まず誰かと自分が 「違う人間」 であることを認めてからの「共通点」でなければ、それは時として「自分のエゴを他人に押し付ける」ことになり、誰かを傷つける結果を生んでしまうこともあります。
ただ、「私たちは生まれながらにして 『違う』 (We are born to be “different”)」ことを認めるのは、自分が「ひとり」であることを認めること。それは、「孤独」という苦しみを乗り越えること。だから、精神力が必要になります。
「リスペクト」という表現は、カタカナ英語としても一般的になってきていますが、英語の <respect> は「 尊重・尊敬」という意味です:
■The first step to communicate with others, is to respect each other's difference, and respect that each and one of us is different.
(他の人と分かり合うためのはじめの一歩は、お互いの違いを尊重し合い、一人一人が違う人間なのだということを認めることです)
<respect> は、ただ「尊敬」するだけでなく、誰かの「世界観を認めてあげる」、というニュアンスがあります。たとえば、誰かと議論になった時、相手の意見と自分の意見は異なるとしても、それはその人の意見として「尊重する」という意味合いの英語表現があります:
■agree to disagree
直訳すると「意見が異なることに同意する」、つまり、「違いを認め合う」ということです。それは、「違い(difference)」を「ゆるす(forgive)」 ことであり、ちょっとずつ年を重ね、経験を積んでいく内にできるようになるのかもしれません。
■whether you will be able to forgive differences between different people
(自分とは違う人々との間にある違いを私たちが許せるかどうか)
は、 オノ・ヨーコさんがジョン・レノンさんと歌ったように、 地球の反対側に住んでいる、自分とはまったく違う境遇・言語の中に育った人の世界感を <imagine =想像を働かせる> ことができるか、 にかかっているのでしょう。だから、他の人と「通じ合い、分かり合うこと= to communicate, and understand」は、 やはり「ジョンとヨーコ」が訴え続けてきた LOVE に行き着くのだと思います。
■When you are able to respect how different you are with the others, in the end you will be able to “love” the differences, and in turn love yourself even better.
(自分がどれだけ他の人と違うかを認めることができるようになれば、最終的には違いを「愛する」ことができるようになり、結果的に自分のことをよりよく愛することができるようになるでしょう)
※in turn ……… 結果的に、回りまわって







