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2010年5月 6日 (木)

「気づき(awareness)」から始まる 「自己認識(self-consciousness)」

「気づき」という言葉が、単なる「情報」に「気づく」という意味を超え、もっと大きな、内面の「目覚め」のようなものを意味するようになったのはいつからでしょう?

雑誌や書籍でも「気づき」を与えてくれるコーチングや、ビジネスで成功した人々の経験が与えてくれる「気づき」を紹介するものが目につきます。英語では、<awareness> という言葉があります。オックスフォード現代英英辞典で引くと:

knowing sth; knowing that sth exists and is important; being interested in sth

sth …………………something

とあり、この意味を直訳すると:

「何かについて知っていること、ある物事の存在を知っていて、かつそのことが重要であることを知っていること、何かに興味を持っていること」

たとえば、同じく「何らかのものごとに『気づく』こと」をあらわす英単語で <notice> がありますが、これは:

I noticed him pass by.
(彼が通り過ぎるのに気づいた)

というように、ただ「事実関係として認識した『気づき』」であって、そのことの重要性を深く知る、 という <awareness> のニュアンスはありません。ですからやはり、特別な意味をこめて使われる最近の「気づき」は <awareness> が適当でしょう。

<awareness> は、たとえば、このように使われます:

“Budget screening”conducted by the Government Revitalization Unit, although it has not produced much budget cut, is said to have produced an effect to raise public awareness of national budget.
(行政刷新会議によって行われている「事業仕分け」は、それほど多くの予算削減は生んでいないものの、市民の国家予算に対する意識を高めた効果を生んだとされている)

conduct……………………………………~を行う、実施する
Government Revitalization Unit………行政刷新会議
produce ……………………………………~を生み出す

ちなみに、「事業仕分け」は日本語としても非常に新しい概念ですが、イギリスなどで予算削減のために国家が行っている事業などを「精査」 することを、<budget(予算)> を <screening (選別、ふるい分け)> ということで、 <budget screening> と称します。ただ、 名称自体に <budget(予算)>という言葉が入っていることからわかるように、イギリスでは国家予算の編成にダイレクトに関わる作業。日本の「事業仕分け」は、予算の太い幹には関わらず、いうならば枝葉を剪定 (せんてい) するレベルのものですから、<budget  screening> という英語をあててよいかどうかは議論の分かれるところです。日本の「事業仕分け」の性格を正しく海外に伝えるとすれば、

Scrutinization and screening of government supported projects' budget
(政府が支援する事業の予算の精査と仕分け)

scrutinization………………精査

といった形できちんと説明したほうが伝わりやすいでしょう。「国家予算」というよりは、各独立行政法人の「関係者の渡航費」など、非常に細かいところまでを国会議員や大臣が関わって「精査する」ものが「事業仕分け」なので、「細部まで調べる、精査する」という意味の <scrutinization> という単語を用いました。

やや脱線しましたが、<raise awareness> をここでは「意識を高める」と訳しました。 この <raise (one's) awareness> は、社会的な問題などについて 「大衆の、人々の意識を高める」 時によく用いられます。 似た表現で、<raise (someone's,  ex; public) consciousness> があります:

Ralph Nader has been devoting his passion to raise public consciousness of environmental issues.
(ラルフ・ネーダー(アメリカの環境活動家)は、自分の情熱を人々の環境への意識を高めることに注いできた)

devote………………………~を打ち込ませる

この「意識が高まった状態」が「自分」に向かうことを <self-consciousness> と呼びます。「自己認識・自分への意識が高い状態」ということですが、アメリカ人はこれを非常に大切にします。自分を客観的に観る視点を持ち、セルフコントロールがしっかりできていることによって、自分の能力を最大限に社会において発揮できる、いわば「自我が確立された人間」であることを大切にする文化だからでしょう。この <self-conciousness> は <awareness> と深い関係にあります。

<awareness> は、 ただ「気づいている」 だけにはとどまらずに、「物事の『重要性』を知っていて、かつ興味を持つ」ところまで進む単語です。だからこそ、情報を知っていること以上の啓蒙的な意味を持つ現代日本社会で使われる「気づき」は、まさに <awareness> といえるでしょう。この 「気づき」 が「自分」に向かったとき、「己を知る」、あるいは「自分に気づく」という表現になりますが、これを <self-awareness> と言います。 <self(己)> に対しての
意識レベルが高い状態を保っていると、 <self-conscious> な人間になれる、ということですね。

「近代的自我」 の原点とも言えるデカルトの 「我思う故に我あり(I think, therefore I am)」= <cogito ergo sum> を現代的に言えば <self-aware> かつ <self-conscious> な状態となります。つまり、「気づき」とは、常に客観的視点を持つことによって、いったん自分がおかれた状況を日常のコンテクストから外して見ることを可能にし、状況を改善するための「ヒント」を学び取ってゆくこと、なのです。

ストレスの多い現代社会で日々の生活と仕事に追われていると、たしかに「気づき」のチャンスを見逃してしまいがち。だからこそ、「気づき」というキーワードに誰もが敏感になっているのかもしれません。

このコラムの原点にも、普段何気なく使っている日本語を外国語を通して捉えることによって何らかの「気づき」を得るきっかけとなること、という発想があります。ということは、こう言えるのかもしれません:

Raising awareness of one's maternal tongue by means of contrasting with a foreign language, in turn serves to raise one's own cultural consciousness.
(外国語と比較対照することによって母国語への気づきのレベルを上げることは、ひいては自分の文化への意識を高めることにつながるのだ)

maternal……………………………母の
by means of………………………~によって、~を用いて
in turn……………………………同じく、回りまわって
serve to……………………………~に役立つ、~する働きをする