「カルチャー/culture」は大地に根ざした言葉
「カルチャー」という外来語が最近よく使われます。辞書で引くと「文化」。でもなぜ「文化」という日本語ではなく、「カルチャー」という英語をカタカナ表記にして用いるのかな? と考えてみると、答えは結構単純だと思います。
それは、日本語の 「文化」 に含むことがしっくりこない、新しい「クリエイティブ=創作的」な「芸術活動」が生まれてきているからではないでしょうか。むしろ「カルチャー」の方がしっくりくる感じがします。というわけで、現代日本では、そういった「新しい芸術活動」と「これまでの芸術活動」、さらにはファッションなどの人々の生活「様式=スタイル」といった「文化」をすべてひっくるめて「カルチャー」と称しているのです。
白川静氏や、山本史也氏の漢字研究の著書がベストセラーになるのは、私たちが「言葉」の持っている本来的な由来を知りたいと願う、つまり 「ルーツ」 を知りたいという深い欲求を覚えているからでしょう。ですが元を辿れば、「漢字」も書いて字のごとく「漢」のもの、すなわち「外国語」であったもの。 この原稿にも、 元は英語であった単語がいくつも登場しました(クリエイティブ、ファッション、スタイル、ルーツ)
これらは、とても自然に私たちの「文化」の中に溶け込んでいます。であるならば、外来語のルーツを知ることも、やはり「ルーツ」を求めるひとつの作業です。
そこで今回は culture と、 これに関連した英語のルーツを探ってみたいと思います。 まず、culture はラテン語の cultura から来ています。cultura の語幹は colere で、「守る、手入れをする、耕す」という意味。「教育によって知性を育てる」というより抽象的な意味は16世紀初頭、 さらに現在の <culture> に近い広義の意味、つまり文明の知的な側面や、人々の生活様式などを含む意味を持つようになったのは19世紀に入ってからのこと。
参考URL:
http://www.etymonline.com/index.php?search=culture&searchmode=none
現在では、次のように用いられるのが一般的です:
■Spending a year abroad during college is essential in getting to know foreign culture.
(学生時代に一年間海外で過ごすのは、外国の文化を知るために不可欠である)
また、colere の派生語、 cultus からは cultivate、cult など、いくつか重要な言葉が生まれています。
<cultivate> は
■to cultivate a piece of land and plant seeds
(ある土地を耕して種を植えること)
といった形で現代でも「耕す」という意味で使われる一方で、「文化的な耕し」という抽象的な意味も持っています:
■In Meiji Era, Japanese government invited numerous Western academics in order to cultivate young Japanese students.
(明治時代、日本政府は、若い日本の学生たちを育成する・啓発するために、多くの西洋の学者を招いた)
<cultivate> は、近代に入って、西洋列強がアジアやアフリカの諸地域を植民地化するにあたって、現地の人を「啓蒙」する時によく用いられた言葉です。そこには、近代西洋の合理主義ではないものはすべて culture ではないという、 ある種傲慢な態度がありました。
その反省が、現代の植民地研究などでは盛んに行われ、 <cultural studies (カルチュラル・スタディーズ)> といった新しい学問領域で、culture という言葉の再定義が繰り返し試みられています。
もう一つ、culture と深い縁のある単語が <cult>。 こちらはもともと神を「崇拝」すること、その「儀式」を意味しましたが、現代では「新興宗教」などを表すケースが多くなっています。この cult の語源も cultivate と同じくラテン語の cultus で、 「手入れをする、耕す」に加え、「敬う」という意味があります。
日本でも、田畑を耕し、そこから恵みが与えられることは神への信仰の中心にあります。世界のどの地域でも、私たちの体に取り込まれ、命を与えてくれる「食べ物」には、神への深い感謝を持ちます。
何気なく使っている「カルチャー」という言葉には、大地に根ざした深い感謝の心が、実は込められていたのです。クラブ、ジャズなどの新しい音楽などの 「創作活動」 から生みだされる「クリエイティブ=creative」なものも、「無」から「生まれる=procreate」もの。古代の人は踊りや絵などの芸術は神と繋がる手段だと考えていたようですが、日本語文化の中に入り込んだ英語のルーツをたどることによって、はるか昔の記憶の残滓(ざんし)を見出すことができるのです。







