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2010年2月17日 (水)

Are you HAPPY?  Part2
「あなた」を想う故に我あり

前回、「幸せの研究」が欧米で非常に盛んであることを伝えたフィナンシャル・タイムズの記事を参考にしながら、幸せであることよりも「不幸せ」を感じさせられてしまう機会の方が多い、現代の混沌とした社会のなかで、一体どうやったら「今、ここ」にいるだけで「幸せ」と感じることができるのか、について考えました。

その鍵となるのが、ジーン・ケリーの『雨に唄えば』の歌詞の中に込められている、というのが結論でした。改めてその歌詞をご紹介しましょう:

"I'm dancin' and singin' in the rain
    Why am I smiling and why do I sing? ...
  Because I am living a life full of you"

(「僕は雨の中で踊り、歌っている
    なんで僕が笑って、踊っているのかって?(中略)
    それは僕が『あなた』でいっぱいにつまった人生を生きているからだよ」(七尾流日本語訳))

雨が降っていても、辛いときも、悲しいときも「誰か」で胸がいっぱいであれば踊り、歌うことができる……という歌詞は、とても深いものです。

若い女性を中心に日本でも爆発的な人気となっているアメリカのドラマ、『ゴシップガール』をご存知でしょうか?

ドラマの中で、ブレイク・ライヴリーが演じるセリーナという役柄は、破天荒なトラブル・ガールなのですが、それでも周囲の人は、何かあると彼女に吸い寄せられるようにして集まってきます。それは、セリーナが「人の痛み」にとても敏感なところがあるからだと思います。

セリーナについて考えると、彼女のまなざしはいつもこう言っている様に感じます:

"I feel for you. I feel your pain. But don't worry, I'm here for you. I'll always be there for you to cheer you up when you need someone."
(「私はあなたのために感じています。あなたの痛みを感じます。だから心配しないで、あなたのためにここにいるから。誰かが必要なときには、いつもあなたを元気づけるためにそばにいるから」)

マンハッタンを舞台に繰り広げられる人間模様の中で、登場人物たちは、企業の倒産、離婚、死、様々な困難に巻き込まれてゆきます。苦しみの中に、セリーナの笑顔がぱっと画面に咲くと、それですべてが救われているような時があると思いながら観ていました。

そのブレイク・ライヴリーが、"The Private Lives of Pippa Lee" (邦題『50歳の恋愛白書』)という映画で、とても暗く、破滅的なキャラクターを演じています。なぜそういった役をあえて選んだのか? と問われてライヴリーは、『NYLON』誌(US版)のインタビューでこう答えています:

"I get attracted to tragic characters because I sympathize with them."
(「私が悲劇的な人物たちに惹かれるのは、私が彼らと共感するからです」)

ここでは sympathize を「共感する」と訳しましたが、実は完璧に合う訳があります。それは仏教用語の「悲」。禅の思想を英語で世界に伝えた鈴木大拙によると、「悲」とは

「……何かに自分の心持をよせて、そして向こうのものと一つになる、そのものの心を自分が読む、自分の心を向こうに読んでもらう」
(『新版 禅とは何か』角川ソフィア文庫 p.49)

"To feel for something and be united with it, read its feelings, and let it read your feelings." (筆者訳)

だそうです。 これはつまり、<sympathysympathize の名詞形)> ではないでしょうか?  <sympathy> は、 ギリシャ語で「共に」を意味する <sym> と、ギリシャ語で「情念・苦悩」を表す <pathos> のふたつの語幹で構成されています。日本でも、ほとばしる情熱や想念のことを「パトス」と言ったりしますが、<sympathy> というのは、 それを「共有」することなのです。

言語があるのは、そこに社会があり、自分のした経験を他者に伝えるという契機があるから、と鈴木大拙は言っています:
「……無常のものでもさしつかえない。何かのものに自分の思いを移してみるというと、自然とその対象が自分の友だちになる。社会性を肯定しないと人間はいけない」(p.46)

"It doesn't matter if it's not a living thing. If you transfer your feelings to something, then naturally you become friends with it. Men cannot live without upholding sociability."

transfer……………~を移す、動かす
uphold………………~を是認する

寂しい時、不安なとき、人が一人で自分の命を奪ってしまうような時、その人は自分が「一人」であることに苦しむのだと思います。そんな時、ほんの少しでも「自分」を考え、「誰か」がいる、という「悲―<sympathy>」を思いだしさえすれば、きっと心はまた唄いだすことでしょう。だから、『雨に唄えば』を参考にすると、こう言えます。

"Fill your heart with someone, and feel that you are there for the others, and that you are there because of those others."
(「誰かで心をいっぱいにして、他の人たちのためにここに自分はいて、また、他の人たちがいるからこそ今こうしていられるのだ」)