"It suits me."
―「身の丈に合った」suit(スーツ)とは?
私はよく「スーツ」を着ます。毎週金曜日にキャスターを務めさせていただいている日本テレビ系列『NEWS ZERO』 で着ている衣裳の中に「She loves SUIT」というブランドがあります。 そのネーミングがステキだな、 と思ったことがきっかけで、<suit> というコトバの多面性に思いをはせるようになりました。
スーツという洋服のスタイルは、もともと男性のものでしたが、女性が社会に進出するにともない、女性のスーツ・スタイルも確立されて行きました。パンツスーツがとってもお似合いだった故ダイアナ妃の祖先にあたる、 デヴォンシャー公爵夫人 (ジョージアナ・キャヴェンディッシュ)(1757~1806)は、男性のものであったジャケットをもっとも早くに女性ものとしてあつらえて着用した女性の一人とされています。
いわば、「男装」をしてさっそうと政治活動を行った彼女の時代の「女性観」 を打ち破る生き様は、 キーラ・ナイトレイ主演の映画『ある公爵夫人の生涯』にも描かれました。デヴォンシャー公爵夫人は、自由主義の担い手であり、アメリカ独立やフランス革命にも大きな影響を与えたイギリスの自由党の前身、ホイッグ党のシンボルとして活動し、水面下でも政権の中枢に深く関わっていました。
イギリスで女性に参政権が付与されたのは1918年のこと。それも既婚者であること、一定の財産を持ち家庭を営んでいることなど、厳しい条件がつけられていました。デヴォンシャー公爵夫人がジャケットを羽織り、公衆の面前で演説を行って喝采(と同時に大きな批判)を浴びたのはそれからさかのぼること130年以上にもなります。
デヴォンシャー公爵夫人が開いたサロンには、彼女の「背が高く、ハンサムな女性」と称された、独特な美しさと、ウィットの魅力にひきつけられ、当代きっての作家やアーティスト、知識人が集い、 自由と民主主義、王権をめぐる議論を戦わせました。のちにイギリス首相となる人物もデヴォンシャー公爵夫人の愛人であったことなど、イギリスの最新情報はすべてデヴォンシャー公爵夫人のところに集まるとされた時期がありました。
でも、デヴォンシャー公爵夫人が、本来女性が足を踏み入れるべきでない男性の聖域に果敢に踏み込んで行くために支払わなければならない代償は大きなものでした。夫には監禁同様の扱いを受け、愛する人との仲は引き裂かれる……。
デヴォンシャー公爵夫人は「早すぎたウーマンリヴ」だったのではないでしょうか。 彼女は、 その時代に「たまたま女に生まれてしまった」という悲劇と、そして「才能に恵まれ過ぎてしまった」ことから、多くの不幸を背負い、たくさんの夢を諦めざるを得ませんでした。
そんな彼女の物語には、suit の動詞形がよくあてはまります:
■She didn't suit her time.
(彼女は(彼女の)時代に合わなかった)
<suit> の動詞形にはさまざまな意味がありますが、「適している」「似合っている」もそのひとつ。 ちょっと格式ばった、 どこか気取った感じを出したいときに、現代英語でも <suit> は使われます。
住む部屋や気候風土などの環境、食べ物、洋服などの物理的な条件やものが人間に「合って」いるときに <suit> は用いられます。
たとえば、自分が住む新しい部屋を探して、内覧で不動産会社の担当者にこのように言うことがあります:
■This room suits me. It's simple and cozy.
(この部屋は私に合っています。シンプルで居心地がいいですね)
日本語に「水が合わない」という慣用表現がありますが、
■It doesn't suit me.
という英語はまさにドンピシャリの翻訳。 「水が合わない」 とは「その土地の環境になじめない。また転じて、組織などに適応できない」(デジタル大辞泉)という意味です。
感覚的な話ですが、私は小学校時代をスイスのジュネーヴで過ごしました。ヨーロッパの水は、石灰分の多い硬水なので、帰国してお風呂につかるたびに、日本の水が「ぴったり」と滑らかに肌に「吸い付いて」くることに感動を覚えました。
「スーツ」の語源は、 ラテン語の sequi にあると言われています。意味は <follow(追随する)>。この名残は、フランス語の suivre という動詞に見られ、これは「追いかける」になります。 英語でも、同じく sequi を語源に持つ単語、<sequel> が映画や小説の「続編」として今でも使われています:
■The highly anticipated movie "New Moon," a sequel to the blockbuster hit "Twilight," will hit the theaters next week and a large turnout is expected.
(大ヒット作『トワイライト』の続編で、期待の高い映画『ニュームーン』が、来週劇場公開され、大きな観客動員数が予想されている(注:既に公開されていますが))
※blockbuster ……… 大評判の作品
※turnout …………… 人出、出席者数
「続編」は前作を「追う」もので <sequel> と呼ばれますが、何かの後を「追う」もの、それも「ぴったりと」追う、というところから、<suit> というコトバに 「密着」「合う」という意味が生まれていったようです。
今の自分の立場や心の状態に「合わない」家や、車や、服などを手にしてしまったとき、「身の丈に合わない」 と言います。<suit> とは、まさに「身の丈」に「合っているか」「合っていないか」の目安のようなもの。
これが衣類の「スーツ」を意味するようになったのは、「前身ごろや袖などの、別々の生地」を「合わせ」て、ひとつの衣服を作り上げることから、と言われます。西洋文化の正装が、近代化の過程で、動きやすさを求めて簡略化されて行った結果、たどり着いたのが、私たちが仕事の時に着る「スーツ」の現在形。
そろそろリクルート「スーツ」姿の学生を街中で目にする季節ですね(といっても最近では就職活動のありかたも変わって来ていて、それこそ一年中リクルートスーツを着なくてはならないご時世のようですが……)。年の瀬に大掃除をしていたら、大学生の時に、はじめて自分のお金で買ったスーツが出てきました。捨てようか、どうしようか迷った挙句、結局、取っておくことにしました。着てみたら、するっと肌に「合った」からです。まさに、
■My first suit still suits me.
(私の最初のスーツはまだ私に合っています)
ベーシックなデザインだからかもしれません。「今の自分」に迷いが生じたら、「原点」に立ち返るのが正解:
■When you feel like your current environment does not suit you, then go back to the basics.
(今のあなたがおかれた環境が自分に合っていないように感じた時は、原点に立ち返りましょう)







