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2009年9月16日 (水)

政権「移行」、その瞬間の英語

私の手元に「記者手帳」があります。ここには、取材現場でのメモがところ狭しと書き込まれていますが、中には英語もあります。一番最近では、選挙で勝利し、政権交代前夜を迎えた民主党本部でのメモ。

本日16日に首班指名が行われ、正式に政権与党となる民主党本部で、連日のように取材しています。財界や役所のトップクラスが、これから「政府与党」として交渉することになる党幹部と我先にと面会するため、ひっきりなしに訪れていました。中でも目立ったのが、ルース駐日アメリカ大使の表敬訪問でした。

月刊誌 『Voice』 に鳩山代表が発表した論文の英語訳が New York Times の電子版に掲載され、日本の次期政権は「反米的なのでは?」との憶測を呼び、アメリカ国務省高官が「火消し」を行うほどの事態に発展した中、アメリカ大使の発言に注目が集まっていたのです。

政治取材用語で「ぶら下がり」というものがあります。文字通り記者が政治家などに「ぶら下がって」インタビューすること。英語では「立って」行うので <standing interview> と言います。

ルース大使の「ぶら下がり」が発生するかと思ったら、大使は記者の前に「立って」自分の意見を話し終えるとすぐ車に乗り込んでしまい、質問はできませんでした。

次期政権が実際にどのような外交を展開するのか未知数の現段階では、へたに事を荒立てるような発言はせず、静観して新しい政府の出方を見守りたい、というのが大使の考えなのかもしれません。

一方で、日本に駐留する米軍に関する取り決めである「日米地位協定」― Japan-US Status of Forces Agreement ― の「見直し」ないし「改訂」を民主・社民・国民新党による連立政権は「提起してゆく」ことに合意しました。大使訪問は連立政権の合意文書が署名される前でしたが、社民党は日本にあるアメリカ軍の基地の「閉鎖・移設」を求める党であること、また民主党もこれまでとは違う形の対米関係を模索したいと考える議員が多い党であることは当然ながらアメリカ側も知っている状態です。これに関してルース大使は次のように発言しています:

"Just to make it abundantly clear - both the U.S. and Japan at the government-to-government level have made it absolutely clear that these agreements have been signed, agreed to and are going forward."
http://www.npr.org/templates/story/story.php?storyId=112445057
(「誤解の無いように充分に確認(明確に)しておこう―政府対政府のレベルにおいて、日米両国はこれらの合意(日米地位協定)はすでに署名され、合意され、実行されているものであることを寸分の曇りもなく明確に(表明)している」)

弁護士出身のルース大使らしく、伝えたいことを強調するボキャブラリーが豊富です。abundant は「豊富」「豊か」「(資源などが)充分に、たっぷりある」という意味ですが、それが「明白にする、確認する」 という  <make...clear> にかかっているのです。 これは、 これ以上は無いほど明らかなことだよ、 と日本側に対して念を押しているのです。「すでに取り交わされた在日米軍をめぐる合意」の「日米地位協定」が「既定路線」でありつづけることは、<absolutely clear>「絶対的に明白」という単語まで使って強調しています。

これは従来のアメリカ政府の姿勢を繰り返した形ですが、このままですと、「日米地位協定の改訂を提起」すると明記された次期連立政権の「合意文書」とかなり隔たりがあります。そこで日本の政治に起きた大きな変化をストレートにぶつけ、それを受けた大使の考えを聞くことが重要になります。私のメモには、以下の質問が走り書きされています:

"Your government has gone through transition and "change" in America. In Japan, the governing party is about to change for almost the first time in more than  half of a century. Wouldn't this historical shift of power, or "change" in  Japan give any incentive on the US side to "change" its stance on some of the controversial Japan-US security issues?
(「大使の(国の)政府、アメリカでも移行と、そして「チェンジ」を経験しました。日本では、半世紀以上もの間ほとんどど代わらなかった政権与党が代わろうとしています。この歴史的な権力の移譲、あるいは日本における「チェンジ」が、懸案となっている日米安全保障のいくつかの事項に対するアメリカ側の姿勢に 「チェンジ」 を促す動機を与えることはあるのでしょうか?」

ここではあえて「政権交代」に <transition> という言葉を使いました。transition は「移行」という意味ですが、 それ以上の含意が込められています。アメリカ合衆国では大統領の所属政党が代わると即座に transition team が発足し、 各政府機関の幹部クラスの<political appointment> ― 「政治任用」も含め、二ヶ月かけて3500人もの膨大な人事を決定して行きます。次期外務大臣の岡田克也氏が代表時代から提唱している「政権移行チーム」も、このアメリカの transition team を参考にして発案されたものでしょう。

ルース氏の駐日大使への起用もアメリカの「政権移行チーム」の枠組みの中で決められたものです。これまで駐日大使のポストには、大物政治家でもあったマンスフィールド元大使のような、東アジア外交に精通した「知日派」が起用されることが多くありました。ところが、ルース氏はシリコン・バレーの弁護士で外交は門外漢です。「ベルトウェイ」(ワシントン政界の通称)の中でも比較的「未知数」とされているルース氏が選ばれたのは、選挙戦初期からオバマ候補を支援してきた功労を評価されたからだと言われています。いわばアメリカ型「政治主導」の象徴のような人事です。「政治の主導」を目指す民主党に対し、オバマ大統領を間近で見つめ、支えてきたジョン・ルース氏「人間個人」としては思うところがあるのではないでしょうか。

おそらくルース大使自身が深い思いを抱いているであろう「アメリカのチェンジ」に 「日本のチェンジ」 をからめて質問することにより、「対日外交のチェンジの可能性」 について、 硬直的な「外交プロトコル」の枠組みを超えた、何らかの「その人自身の言葉」が引き出せるのではないか? と考えました。

今回は残念ながら、質問自体が受け付けられませんでしたが、いつかインタビューの機会があれば、ふたたび聞いてみたいと思います。

なかなか答えづらい繊細な問題に関して聞くときは、その人物の懐にぐっと踏み込み、その人の「本質」に立脚して語ってもらう工夫を質問自体に組み込めば、相手が本音を語ってくれる可能性が高くなります。それは英語でも日本語でも同じ。英語は特に、キーワードとなる単語の選択と使い方で、無限大の <connotation>  ―「含意」を込めることができる言語です。英語で質問をする際は、選ぶ単語に気を遣えば、思ってもみなかった <good response>  ―「よい反応」が相手から響いてくるかもしれません。