「政権交代」にあたって「私たち」にできること:
オバマ大統領の"community organizing"とは?
私の知人で、官僚を辞め、田舎暮らしをはじめた人がいます。仮にA氏としましょう。A氏は、農村に住むようになって、その地方の農家の間で古くから培かわれてきた自然と共生する知恵の豊かさに驚かされることが多々あったようです。地元農家の方の話を聞くと、後継者不足や、減反(米の価格を維持するために行政の指導により水田を減らしてゆくこと)を中心とするこれまでの中央主導の農水行政の負の影響によって農村は疲弊し、長い時間をかけて蓄積されてきたノウハウが永久に失われてしまいかねない危機にあることを強く感じるようになったそうです。
A氏は農家・畜産業、地元コミュニティと行政との橋渡し役を務めながら、地域に「貢献」する活動を始めました。こういった活動は「社会貢献」と呼ばれますが、彼はこの言い方があまり気に入らないそうです:
「『社会貢献』という言葉はあまり好きではありません。まず、自分たちの利益になり、自分たちが楽しむ、その上で結果的に社会の利益になるのであればそれに越したことはない、という考え方です」。
上のA氏の言葉を英訳すると、以下のようになります:
■"I don't really like the sound of social service. Something that would be of our own benefit comes first, have fun in the course, and if that activity contributes to the general welfare of the society in turn, then nothing is better than that."
実は、A氏のような活動を表すのにピッタリな英語があります。それは <community organizer> です。日本ではまだなじみの薄い言葉ですが、現アメリカ合衆国大統領、オバマ氏の経歴を紹介するときに必ずと言っていいほど出てきます。
オバマ大統領は、コロンビア大学を卒業後、シカゴで <community organizer> としての活動を始め、 そこでの体験から政治を志すようになったと自伝などで語っています。
この <community organizer> は、<community organizing> という活動を行う人のことです。<community organizing> とは、 ひとことで言えば「 <community = 地域> を私たちの手で <organize =まとめてゆく> = <community organize> こと」で、アメリカでも比較的新しい言葉です。
コミュニティの住民が協力し、自分たちが抱える問題に関して関係各所に訴えることによって認知度を高め、理想的にはその地域に関わる決定が下される前に話し合いの場に参加する。 そのことで、「地元の声」を政治に反映させることです。
従来の業界団体など、特定の <interest group=利益団体> による <利益誘導的政治=pork barrel politics> とは一線を画し、 ボランティアで、純粋にコミュニティによる、コミュニティのための政治活動であるという「違い」を示すために community organizing という言葉が使われるようになりました。
2008年2月の大統領選出馬宣言で、当時のオバマ上院議員は、 <community organizing> について次のように語りました:
■"It was in these neighborhoods that I received the best education I ever had...(work in the community)...taught me a lot about listening to people as opposed to coming in with a predetermined agenda."
"US News &World Report"
(「この(シカゴの)地域で私はこれまでで最高の教育を受けた。…… (活動を通じて) ……すでに決められてしまった政策を持って乗り込んでくるのではなく、人々の声に耳を傾けることについてたくさんのことを学んだ」)
人々の声に耳を傾ける、それはまさにここ日本で先週日曜日に行われた総選挙で各政党が有権者に訴えたことでした。政権交代が実現することになった今こそ、「私たち」の方から 「声を届ける」 、つまり community organizing が求められるのではないでしょうか。
<community organizer> はいわば「地域のまとめ役」。これは、日本に古くからある町や村の「世話役」に近いですね。ただ、「地元の相談役」は戦後、日本という国のシステムがどんどんと肥大化して行く中で、「利益配分」を求めての「永田町への陳情」という自民党を中心とした権力構造の中に取り込まれて行ってしまったのではないでしょうか。次期総理となる見込みである民主党の鳩山代表が「終止符を打つ」と言っているこれまでの日本の政治では、何らかの不利益をこうむっている集団が、自らの状況改善を訴える相手は、長い間霞ヶ関の省庁や自民党本部の幹事長室であり続けてきました。
この直線的な「陳情・利益配分」システムの最大の弊害は、より強大な権力を持っている役人、ないし政治家に近づこうと競争がどんどんと熾烈(しれつ)になり、本当に助けを必要としている人のところにはカネ・ヒトの資源の分配が不十分で、逆に充分過ぎるほど恩恵を受けているところに引き続き資源が投下されるというアンバランスを生んでしまうことです。
このアンバランスへの国民の不満が、今回の総選挙で爆発しました。選挙では、「地方分権」も声高に叫ばれましたが、もっと地域の実情にあった行政サービスの必要性は、誰もが感じていることです。
では果たして、地方と中央をめぐる関係が直線的で硬直的な今の日本の現状はすべて、統治機構の構造上の問題なのでしょうか。そこには、「まつりごとはお上に任せておく」という、日本独自の歴史・文化的背景から生じた気質も一つの遠因となっているであろうことは多くの専門家が指摘しています。中央から地方へ「権力を分ける・移動する」ための気運がかつてないほど高まり、それが現実的になっている今、「地方分権」が本当の意味で成功するには、「市民一人一人ができる地方分権」、すなわち「市民分権」という視点が必要なのではないでしょうか。
そうでなければ、各地に「ミニ永田町」と「ミニ霞ヶ関」が「雨後の竹の子」ならぬ、「自民党政治壊滅後の竹の子」のように発生してしまいかねません。「地方分権」 という形で 「権力」が私たち「市民」により近いところに戻ってくる時は、それを「市民」の手で上手に利用し、調整するための <community organizing> の出番なのかもしれません。
オバマ大統領がシカゴで community organizer の活動を始めたのは23歳の時。当時、彼に支払われた報酬は「年間1万ドル(およそ100万円)」と、市内を動き回るのに必要な「オンボロ車の購入資金2000ドル(およそ20万円)」だったそうです。23歳のオバマ青年がリーダーシップをとった <community organizing> に参加した経験について、78歳(2007年当時) のシカゴ市民、イボンヌ・ロイドさんはこのように語っています:
■"'We knew what was wrong in the community but we didn't know how to get something done about it,' ...whether it was getting the city to fill potholes,...or persuading the apartment managers to repair... ceilings, Obama encouraged residents to come up with their own priorities with the gentle admonition: 'It's your community.'"
"US News &World Report"
(「『私たちの地域で何が問題なのかは自分たちで分かっていました。でもどうすれば解決できるのかがわからなかったのです』……舗装道路にあいた穴をふさいだり、……アパートの管理者に……天井を修理するよう説得したりするとき、いつだってオバマ氏は私たち住民が自分たちで何に優先順位を付けるのかを考えるようにうながしたという。『これはあなたのコミュニティ(地域・住む町)なのだから』という穏やかな忠告と共に」)
やっと手にした「政権交代」によって新たな政治と日本を作り出すチャンスを生かすも殺すも、実は私たち「市民」にかかっているのではないでしょうか。







