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2009年8月 5日 (水)

ほっ、ほっ、ほ~たる来い
flicker of firefly

先日、旅行で訪れた奈良の温泉で「蛍」を見ました。「日本の山」に、自然に生息する蛍を見たのはこれが初めてです。英語で「蛍」は firefly と言って、私もアメリカで firefly を見たことがあります。日本と同じように、腹部が光る昆虫です。 ところが、 奈良の川岸で無数の蛍の光を愛でながら、一緒に旅行をしていた友人に「七尾さん、 蛍って英語で何ていうの? 」 と聞かれ、 すぐには firefly という言葉が思い浮かばなかったのです。それは私が見たことのあるアメリカの firefly と、 奈良の蛍があまりにも違ったからなのです。

日本には「ほっ、ほっ、ほ~たるこい」という歌がありますが、なぜそういう歌があるのか、初めて実感を持って理解することができました。川のせせらぎの上で舞うやわらかい光は、まさに「ほっ」「ほっ」と灯っては消え、灯っては消え、夏の夢のように「儚い」ものでした。ちなみに、「儚い」に関連した英語表現は以下のものがあります:

evanescent  儚い、移ろい行く

"The actor's popularity is evanescent;applauded today, forgotten tomorrow." (Harrison Ford)
(「俳優の人気は儚い(移ろい行く)ものだ、今日拍手をされても明日は忘れられる」(ハリソン・フォード))

fleeting  儚い、束の間の、いつしか過ぎ去る

"Glory is fleeting, but obscurity is forever."(Napoleon Bonaparte)
(「栄光は儚い。 だが忘却は永遠だ」(ナポレオン・ボナパルト))

obscurity ………あいまいさ、無名、という意味ですがここでは「忘却」としました。

ephemeral  束の間の、儚い、短命の、一日限りの

Fireflies are ephemeral insects.
(蛍は儚い昆虫だ)

transient  移ろいやすい、永久的でない、束の間、かりそめ、儚い

"Pleasures are transient, honors are immortal." (Greek proverb)
(「快楽は束の間のもの(かりそめのもの)だ、名誉は不死身だ」 (ギリシャのことわざ))

ハリウッド・スターであるハリソン・フォードの「人気は儚い」という発言からもわかりますが、 一時の栄華や美しさは、 「儚い」ものである、という感覚はやはり普遍的ですね。日本文化における「蛍」に関する記述をたどってみると、平安時代に清少納言が『枕草子』で

「夏は夜。……闇もなお、蛍の多くとびちがひたる」
(「夏は夜(が趣がある)。……闇の夜でもやはり蛍がたくさん飛び交っている(のは趣が深い)」)

と記しています。何世紀も前に生きた清少納言も、幻想的な蛍の光を見て感銘を受けたようです。

ではアメリカの蛍はどのように光るのでしょう。種にもよりますが、私が見たことのある蛍で言えば、「ほっ」 「ほっ」 というよりは「ぱっ」「ぱっ」と光っていました。光の「点滅」の速度がもっと速く、「風情を感じる」というよりはただ「発光という自然現象を観察した」という感じでした(もちろんその時の個人的な心理状態にも左右されるとは思いますが)。

その蛍について New York Times Weekly Review (2009/06/29付)に記事が掲載されていました。
http://www.nytimes.com/2009/06/30/science/30firefly.html?_r=2&scp=1&sq=firefly&st=cse

タフツ大学の進化生態学者のサラ・ルイス博士の研究について紹介したものです。ルイス博士によると、蛍の光り方は、種によって異なり、雌は自分と同じ種の雄を光の強さと明滅の間隔で見分けるそうです。蛍の雌は、時には一晩に10を超える雄と光の点滅によっ
てコミュニケーションを取ることもあり、その中から一番気に入った雄と交尾するとのこと。記事の中で蛍の「光り方」には以下のような表現が使われています:

"On this night she walks through a farm field in eastern Massachusetts, watching the first fireflies of the evening rise into the air and begin to blink on and off."
(この夜、彼女はマサチューセッツ州東部の農場の中を歩き、今晩で最初の蛍が空中に向かって飛び上がり光を明滅させるのを観察する)

ここで使われている blink という単語は本来、 ぱちぱちと瞬きをすることによって周囲が明るくなったり暗くなったりすることを意味します。なので、blink は比較的速い速度で光が点いたり消えたりすること。 blink on and off とありますが、スイッチが「オン・オフ」されるように点滅するということです。これだと、ほんの一瞬ではあっても、やんわりと明るくなって、すっと消え行く日本の蛍、特に川に生息する蛍の光り方を表すのには適していないように思います。

blink 以外には、flash、pulse なども使われています。flash は、車のフラッシュライトのように、「パッ」と一瞬強く光るものを指します。pulse は脈拍や電気信号のことで、短い間隔で点滅する光のこと。どちらも、「ほっ」「ほっ」の情感を表すにはちょっと無機質な感じがします。

ルイス博士も、光り方にこだわりをもっているようで、お気に入りの蛍の光を次のように表現しています:

"It's like a flickering orange rain."
(オレンジの雨が揺らめいて降ってくるみたいな感じだわ)

蛍マニアならではのなかなか詩的な表現です。この flicker、ロウソクの灯がゆらゆらと灯るような様子や、何かがそよいでいるような、儚くて繊細な動き・光りを表現します。

日本の山川に生息する蛍は、「オレンジ色」ではないにしろ、やわらかい薄緑色の光が「揺らめいて」いるようにも見えます。地方によっては、蛍の光を死者の魂だとする言い伝えがあるそうです。川の上を舞う無数の蛍の光の舞を見ていたら、あまりの儚い美しさに
胸を打たれて涙を流しそうになりました。それは日本人特有の感覚なのかもしれません。

日本に生息する34種の蛍のうち、幼虫期を澄んだ川の水の中で過ごす蛍は二種類いるということですが、これは世界でも稀な生態なのだそうです。ところが、その蛍の光を生む日本の山間部の景色は、農村の高齢化と過疎化とともに保つのが難しくなりつつあります。蛍の数も年々減ってきています。日本の美しい水と緑の中でしか見ることのできない「蛍の光」がある……地域によってはまだ見られるところもあるようですので、夏休みに蛍見物はいかがでしょう。