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2009年6月17日 (水)

KYな英語

KY。もともとは「ギャル語」として産声をあげたこの省略語も、いつしか政治家などがひんぱんに使い出し、関連書籍が相次いで出版され、日本語として市民権を得た感があります。

KY=空気読めない」を直訳すると:

Can't read the spirit of the air.

となります。これでも通じますが、「場の雰囲気からズレている」ことを批判的に捉えて言う「KY」の独特な性格を外国の方に説明するとすれば次のように言うとよいでしょう:

has no sense of what is appropriate
(何が適切なことかの感覚が無い)

「場にそぐわない」という意味での「不適切な発言」は、「KY」に近いものがありますね。

この「KY」、 諸説ありますが、 渋谷を中心にした若者のヒップ・ホップ ・ カルチャーから生まれたと言われています。アメリカのラップには、頭文字を取って作られる隠語が頻繁に登場します。文化的起源を探ると、こうした隠語はアフリカン・アメリカン文化に連綿と流れる伝統からくるもので、奴隷制時代に奴隷同士が主人にわからないような暗号を使ったところから来たという説があります。

90年代を代表するジャマイカ系アメリカ人(ジャマイカには独自の隠語文化がありますが……)のラッパー「ケアレスワン」もこの隠語を使ったアーティスト名で、表記は、「KRS-One」です。 「ケアレスな人」という意味をかけた「シャレ」の効いた名前と言えるでしょう。

また、「秘密にしておけ」という意味で <keep it DL> という俗語表現があります。これは <Down & Low> =「低いレベルに情報を留めておけ」 というところから来ています。 「頭文字」を取った隠語には非常に長い歴史があり、今も世界中で新しい隠語が生み出されつづけています。

日本でも、戦前からアルファベットの頭文字を使った隠語は存在したようです。それが、あらためて現代日本ギャルズの間で花開いているのは、比較文化史的に言ってとてもダイナミックで、面白い現象です。

せっかくですから、このKY、どうやって英語で表現できるか、挑戦してみましょう。

まずは「空気」について。 直訳は air になりますが、英語の air にも「その場、人、物などの雰囲気、全体的な様子」という意味があります。「物」では芸術作品などを評するときに使われます:

Picasso's early works have an air of profound sadness, especially during his 'Blue Period.'
(ピカソの初期の作品は深い悲しみの空気をまとっている、特に「青の時代」においては)

have an air of~ ~の空気をまとっている、~の雰囲気がある、~の雰囲気が漂っている

手では実際に捉えられない (=intangible) ような、漠然とした「作品」あるいは「人」の「様子」というのは、西洋でも日本でも、 ただ「空気 (air)」としか表現のしようがないと感じられてきたものなのかもしれません。英語でも、人に関しても同様に使われますが、 ただ単に「その人の雰囲気」では無く、 何か「特徴的な」雰囲気がある場合に用いられます:

Lindsay Lohan is a complex personality who has the air of a little girl and a grown-up woman. 
(リンジー・ローハンは少女とオトナの女性の雰囲気をあわせ持つ複雑な人物だ)

英語の <air> は日本語の 「空気」 と違って、 何か特別な「オーラ」 のように、より特徴のある 「空気」 です。それは air が、ギリシャ時代から世界を構成する基礎となる四大元素( 風、 火、水、土)の一つとして考えられてきたことと関係があるかもしれません。「風・空気」は単なる自然現象ではなく日本語の「気」のように、神聖なものとして捉えられてきた歴史があるのです。英語では、<air> が「多すぎる」ことをネガティブに捉える表現がありますが、 これは <air> が元々「エネルギー」のようなものだと考えられていたことが背景にあるのではないでしょうか。

例えば、<airs>・複数形の「空気」を身にまとうことは、気取っている、取り澄ました態度、高慢である、という意味になります:

The Duchess of Devonshire was famous for putting on airs, but for her social prestige and glamorous fashion, she was seen as the only lady in the whole of Great Britain allowed to assume airs.
(デヴォンシャー公爵夫人は気取っていると有名だったが、彼女の社会的権威と豪奢なファッションによって、イギリス全土の中でも高慢ちきで許されるたった一人の女性として見られていた)

assume, give oneself, put on, acquire + airs 気取る、もったいぶる、取り澄ます、高慢

「高慢・気取る」=put on airs はある種の「KYな人物」と言えるでしょう。ただ、上の例文のようなケースの <airs> は、「個人がまとう空気」であって、複数の人が共有する「場の空気」ではありません。 やはり、ストレートに <air> を「KY」に適用するのは難しいようです。

あえて <air> を使うのであれば、こう言うことができます:

(He/She/Someone)has no feeling for what is in the air.
(直訳:空気の中にあるものを感じ取ることができない)

ただこれは英語としてはあまり一般的ではありません。「空気」にこだわらなければ、「KY」的な「空気」をまとった英語表現は、実はたくさんあるんです。

次回はいよいよKYな英語が続々登場いたしますのでKG
(=Kou Gokitai).