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2009年4月 1日 (水)

Is that "fair price" really fair?
その「フェア・プライス」本当にフェア(公正)?

ニュースに関わる仕事をしていて最近つくづく思うのが、「フェアじゃない」と多くの人が思うところにニュースがある、ということです。アメリカのニュースを聞いていると、コメンテーターがよくこんな表現を使います:

That's not fair. (それは公平じゃない)
Is that fair? (それは公平だと思うか?)
Fair enough.(まあ妥当だ/まあ、いいだろう)

最後の fair enough は直訳すると 「十分公平だ」ですが、「許せる範囲内で合理的だ、フェアだ」という意味で使われます。誰かの主張を聞いていて、ある程度「納得」できた場合によく用いられ、「妥当だ」が近いように思います。最近、誰もが That's not fair! と叫んだニュースがありました。

AIG などの金融機関に、巨額の公金を投じるにも関わらず、関連会社の社員がこれまた巨額のボーナスを受け取っていたことに、アメリカ国民のみならず世界中の人が激怒しました。金融から発した経済危機で実体経済が「とばっちり」を受けてみんな苦労しているのに、事の発端となった当人たちが何億、何十億円ものボーナスをもらうなんて何事だ! アンフェアだ!(That's not fair! )とみんなが思ったのです。

何が fair で、何が fair でないかを決めるのは難しいことですが、やはりここに来て 「社会的通念(social norms)」 や「常識(common sense)」が重要だと皆が改めて感じているのではないでしょうか。多額のボーナスを受け取る破綻した金融機関の役員に対し、多くの人が次のような疑問を持ったことでしょう:

Don't you think it's unfair that while regular working Americans are thrown out of their homes, you are receiving millions of dollars in bonus from a company that has gone bankrupt and cannot survive without taxpayers' public money?
(普通の働くアメリカ人が家から投げ出されているときに、破綻し、納税者の公的資金なしには生きのびることができない会社から、何億ものボーナスをもらうことをあなたはフェアじゃない、と思いませんか?)

でも、経営トップには次のように考える人も多いようです:

Of course it's fair, because I deserve this compensation.  It is written in the contract, and we've already agreed on the amount beforehand. It's a fair evaluation of my ability, and the amount is fair. 
(当然フェアだ。私はこの報酬を受け取る資格がある。契約書にも書いてあるし、すでにこの金額で以前から妥結していた。私の能力の正当な評価の結果だし、適正な金額だ)

世界中の大多数の人が間違いなく「フェアじゃない」と思うことを、アメリカの一握りの金融エリートは「フェアだ」と思っている……この奇妙な現象の根底にあるのは、 金融エリートの common sense(常識)は一般の common sense とかけ離れていた、ということでしょう。実際に、連銀を含めた公的金融機関をふくめ、政府の主要ポストと金融機関のトップや、その他大企業のトップ、私立大学の上層部というポストを数年ごとに移動し、狭く限られた人材プールの中でポストを回して行く、いわゆる old boys' club (エリートの男性が牛耳っている「クラブ」的体質の組織についてよく用いられる表現) のエリートたちは、 一般社会とかけ離れた価値観を持っているのでしょう。

一人の役員に数百億円単位の報酬を支払っていたある企業幹部が、なぜそれほど「法外」な金額になってしまったのか、と問われ「そうしなければよい人材が集まってこなかった」と答えています。

でもそんな言い分は、 彼らの限られたサークルの外では、fair どころか unreasonable(非合理的、 法外な)で excessive(度を過ぎた)compensation(報酬)と思われるのです。

In the end, it was proven that what was fair for the financial elites wasn't fair at all. Equally, the fairness of fair value and fair pricing that they were so obsessively caught up with, is being questioned and put under investigation.
(最終的には、金融エリートにとってのフェアフェアでも何でもなかったということが証明された。同様に、彼らが執拗にこだわったフェア・ヴァリュー(適正価値)フェア・プライシング(適正価格)フェアネス(公正さ・適正さ)が問われ、調査の対象となっている)

たとえば、AAA (トリプルA) の査定を格付け会社から受けていたファンドが、多額のサブプライム関連商品を組み込んで、実態はひどい運営状態だったり、ばたばたと破綻していった今となっては、格付け会社や sell side の「商品を売る側」 が声高に叫び、一時は流行語にもなった fair value, fair pricing は、果たして本当に fair だったのか? それが今問題になっています。もちろん、fair どころか、arbitrary(恣意的な、独断の、気ままな)な価格付けが横行していたことはすでに明らかです。

解決策への近道は、 多額の報酬をやり取りする、 非常に限られたサークル内の人ではなく、一般の労働者が fair enough(百歩譲って納得できる ) 、と思えるような金融危機脱出策をオバマ政権が発表することです。 その際に基準となる fair は、 金融用語のfair ではなく、アメリカ経済の問題を是正し、経営責任も追及してゆくという、 社会的・政治的な「フェア」― 公平、公正、平等 ― であるべきです。