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2009年3月18日 (水)

お上に「たてまつる」日本の「政治献金」と
「寄付」に近いアメリカの Political Contribution

政治献金。時のニュースはまさにこの話題一色といっても過言ではありません。政治資金規正法の抜け穴を悪用するような「企業献金」に国民の不信感が高まっています。取材をする中で私は「政治献金」という言葉について色々と考えるようになりました。

有権者が、支持する政党や政治家に対して「資金を提供すること」を英語では:

donation
making a donation
making a contribution

と言います。昨年のアメリカ大統領選挙に勝利したオバマ大統領とバイデン副大統領のキャンペーンサイト(https://donate.barackobama.com/page/contribute/dnc08splashnd
でも「献金」を呼びかけています:

"Get your 2008 victory t-shirt with a donation of $30 or more."
(「30ドルかそれ以上の寄付で、2008年の『勝利Tシャツ』をゲットしましょう」)

日本語の「政治献金」と比べると、一般市民が「気軽に」特定の政治家に「献金」することができるようになっています。民主党陣営の大統領選勝利を記念するこの Victory t-shirt、かなりの売れ行きだそうです。donation は、一般的に次のように使われます:

If your views match the candidate's policy and would like to support the candidate, you can contribute to the campaign by making a donation.
(あなたの意見が候補者の政策と一致し、候補者を支持したいと考えるなら、寄付によって(選挙)陣営に貢献することができます)

こちらでは、contribute to the campaign を、「選挙キャンペーン(陣営)に『貢献する』」と訳しましたが、contribution という名詞になると、donation と同じく「寄付」を意味します:

"Make a 【contribution】 to the candidate whose policy you can agree with."
(「あなたが賛成できる政策を持つ候補者に献金しましょう」)

この文章ではあえて contribution を「献金」と訳してみましたが、そもそも contribute の意味は

「多くの人が共通の目的を持って行うことに関して、『寄付』 や『援助・助言・知識・時間・労力』などを『与える、ささげる』」(『ランダムハウス英和大辞典』)

なので、英語と日本語では与える印象にズレが生じてしまいます。
 
また「献金」は「金」に限定されますが、political contribution には選挙活動をボランティアで手伝うなど、「お金に換算できない貢献・奉仕」も含まれます。アメリカの選挙活動にはいろいろな形があるのです。

逆に言えば、政治「献金」という即物的な「『金』に限定した貢献」を意味する言葉は英語には見あたらないのです。「献金」は、「金権政治」という政治体質を象徴する言葉と言えるのかもしれません。

オバマ大統領は一般市民から広く政治資金が集まったことを勝利演説で強調していました:

It(victory) was built by working men and women who dug into what little savings they had to give $5 and $10 and $20 to this cause.
http://edition.cnn.com/2008/POLITICS/11/04/obama.transcript/index.html
((大統領選挙における勝利は) 自分のわずかな蓄えの中から、(私たちの選挙の理念のために)5ドル、10ドル、そして20ドルを捻出して差し出してくれた働く男女によって築かれたものです)

「ふつうの人々」が何の見返りも期待せず、身を削るように自分の貯金からちょっとずつ候補者のために差し出したお金には「政治献金」という呼び方は似合わない感じがします。まさに「浄財」と言え、「虚偽記載」などとは無縁のクリーンなお金です。

その「虚偽記載」の疑いで、秘書が東京地検に逮捕された民主党の小沢代表。記者会見で自分の政治資金は「オープン」で、すべての情報は「ディスクローズ(公開)」されていると強調していました。

それが今、特定の企業だとわからないようにダミー団体を通じた献金が行われていた疑惑が浮上しています。小沢代表と民主党が目指す「クリーンで開かれた政治」とは真逆の実態があるのではないか、という疑いが持たれているのです。

ここであらためて、日本語の「献金」とはどういう言葉なのかを考えてみましょう。

「献金」の「献」の字は「たてまつる」と読み、上位の立場にある人を敬いながら 「もの」 を贈ることを意味します。「献上」とは「主君」や「貴人」に「さしあげる」「たてまつる」ことです。

つまり、「政治献金」 という言葉自体に政治は「まつりごと」で、「お上」が行うもの、という日本の歴史と文化が色濃く残っているのです。贈る人が下で、贈られる人が上という上下関係が大前提であればこそ、「献金」を「たてまつる」側が時の権力者から政治的庇護などの見返りを期待するのは、長い歴史の中でつちかわれてきた日本の政治風土と言えるでしょう。

今回の「政治献金」問題の本質は、そのような政治風土が過去のものではなく、今この瞬間も隠然と存在している「現実」だということが明らかになった点にあるのではないでしょうか。
 
「贈られる側」の小沢一郎氏の理想は、有権者が「政策」を判断材料に資金を提供する、アメリカ型政治の良いところを取ったクリーンでオープンな政治。

一方、「献金」を差し出すからには見返りを期待して当然、というのが贈る側の 「現実」 だったのではないでしょうか。つまり、日本の伝統的価値観から見た 「政治献金」 の現実と、アメリカ的な contribution/donation という「理想」の間には大きなギャップがあるのです。

英語だと、make a contribution/donation(献金をする・寄付をする)という二つの言葉は慈善団体にも政党にも分けへだてなく使われます。ところが日本では慈善団体には「寄付」、政党には「献金」と使い分けられています。 どちらの言葉も、日本社会にある「上下関係」の伝統を残しているように思います。

市民が上でも下でもなく、自分が選んだ代表者と対等に話し合いができるような政治を目指すためには、私たちの心のなかにある「献金」や「寄付」に対する意識がどのようなものかを見つめ直す作業も必要なのかもしれません。