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2009年2月 4日 (水)

オバマ大統領の言葉に見る英語学習の hope とコツ

オバマ新大統領の就任演説に関してはすでに評価や分析が出尽くした感がありますが、今回の Express Yourself では、具体的に大統領のスピーチのどんな言葉の使い方、あるいは話し方が聴衆の心を揺り動かしたのか、そして日本語の環境で育った人が英語を学ぶにあたって、参考になるのはどんなところかを見て行きたいと思います。

オバマ大統領の演説には、American English の魅力がぎゅっとつまっています。伝統を重んじるイギリス英語と違い、アメリカ英語ではフランクな表現が格調高い表現と混然一体になります。アメリカは「人種のるつぼ(racial melting pot)」と言われますが、アメリカ英語とはまさに「言語のるつぼ(linguistic melting pot)」なのです。

今回、就任演説では colloquial expression、口語的な表現が目立ちました。冒頭の「アメリカが直面する危機」について触れた箇所を見てみましょう:

Less measurable but no less profound is a sapping of confidence...a nagging fear that America's decline is inevitable....
(計測するのはより難しいが、同じくらい深刻な(危機)であるのが、弱体化する信頼と、アメリカの衰退は避けられないという絶えざる恐怖だ)

この sapping of~ は、体力や経済の活力などが徐々に弱まってゆくことを指すやや古い「口語」表現です。これと韻を踏む nagging は、心配事などに絶えず悩まされるという意味の「くだけた」言い回しです。

一方で、「信頼(confidence)」、「深刻・深遠(profound )」、「不可避(避けられない(inevitable)」といった難しい単語も出てきます。こういった単語は、

big words

と言われます。<big words>、「大きなコトバ」とはつまり、「大げさなコトバ」、ということです。政治家の演説では、「理念」や「概念」 を表す難しくて大仰な <big words> であふれがちです。ところが、 オバマ大統領は <big words> を緩和するかのように、耳馴染みのいい、誰にでも理解できる「普通の動詞」をはさんでいます。 こうすることにより、「危機」 という漠然とした抽象的な事が、具体的なイメージをともなって聴衆の意識の中にすんなりと入ってくるのです。

難しい単語を詰め込まなくても、中学英語で習う「基本的」な動詞を効果的に使うことによって、「人に伝わる英語」を話すことができるのですから、英語学習者にとっても参考になります。次の部分を見てください:

...we must pick ourselves up, dust ourselves off, and begin again the work of remaking America.
(私たちは立ち上がり埃を払い落として、アメリカの再生という仕事にもう一度取り掛からなければならない)

pick(oneself)up は、 病人などが体調を回復したり、 なにかの「ペースが戻る」事を意味します。 dust(oneself)off は、転んだときなどに「ぱんぱんっと埃を払って再び歩き始める」、そんなイメージです。この <pick + up> や、<dust + off> のように、動詞に副詞や前置詞がくっついたものを

phrasal verb(句動詞)

と言います。たとえば、飛行機などの「離陸」を表す <take off>、何かをさきのばしにする <put off>、何かに耐えるという <put up with> などがあります。オバマ大統領は、基本的には「慣用表現」であるこういった「句動詞」を多用します。それは、「医療・教育・国防」といった国家の政策にまつわる難解な内容を噛み砕き、わかりやすく伝える効果があると共に、「親しみやすさ」をも与えます。

上に引用した部分は多くの人に強い印象を与えたようで、先日ソニーのストリンガー会長も会社の再建策を発表する会見で引用していました。それほどインパクトのある一節だったのに、特に目立った big words はありません。むしろ <pick> や <work> という簡単で
シンプルな動詞や単語が使われています。それが逆に強い印象を与えているのです。

政策に関して詳しく述べた箇所でも、いわゆる「政策用語」はなるべく避け、平明でわかりやすい表現に言い換える工夫が随所で見受けられました。例えば「公共事業」「情報インフラ」「環境・代替エネルギー」という政治ではおさだまりの「政策ワード」はすべて以下のように言い換えられていました:

government projects(公共事業)
  ↓
building roads and bridges(道路と橋をつくること)

digital infrastructure(情報インフラ)
  ↓
digital lines(that will bind us together)(私たちをつなげるデジタルな線)

environment, alternative energy(環境・代替エネルギー)

harnessing the sun and the winds, and the soil to fuel our cars and run our factories
(太陽と風、 大地を利用して私たちの車と工場を動かす燃料にすること)

たとえ重要なテーマであっても「政策ワード」というのは、政治家のスピーチで繰り返し使われると、聞いている側が「飽きて」しまいます。「そんな大きなことばっかり言われてもね、誰だって言うはやすしでしょ」と有権者に見放されてしまうのです。オバマ大統領の演説では、そういうことが無いように、使い古された「政策ワード」が、今まで聞いたことのないような、新鮮かつオリジナルな表現に言い換えられています

たとえば <harnessing the sun and the winds> 。harness は本来、「馬具」を意味します。つまり馬に相応の装備をつけ、馬車を引いたり、田畑を耕すなど、「人間に役立つ状態」にすること。これを「太陽」と「風」に付けると、単純に「太陽エネルギーの促進」という無味乾燥な「政策的」表現が人々の関心を引く面白い表現に生まれかわります。

しかも、 オバマ大統領は、 上に挙げた「わかりやすい表現に言い換えた政策目標」を日本語の「実現」にあたる <realize>,  <make it a reality>, <materialize> といった硬い表現は使わず、 シンプルにこう言い切りました:

All this we can do, all this we will do.
(これら全てのことを私たちはやれるのです、そしてやるのです)

これは、オバマ大統領のキャッチフレーズ、<Yes, we can> の変形バージョンですが、<Yes, we can>  も、<We can do>、< We will do> もすべて、 <This is a pen> くらいに初歩的な文法です。 オバマ大統領が「一番伝えたいメッセージ」は、英語文法を習いはじめたばかりの日本の中学校一年生にも理解できるものになっています。

ただ、簡単な言葉を使って平明な文章で話せば万事オーケーかというと、そうは問屋が卸しません。オバマ大統領は、大学時代に哲学ではフリードリヒ・ニーチェ、神学ではラインホールド・ニーバー、詩人ではラングストン・ヒューズなどの「高尚」かつ「難解」な文章を読みふけったという大の「活字好き」で知られています。彼の言葉は膨大な読書によって裏づけされ、難解なことを自分なりに反すうして噛み砕いた上で紡ぎだされた、いわば「鍛えられた平明な言葉」なのです。その証拠に、オバマ大統領のスピーチには、そういった「知の先人」 たちの言葉がそこかしこで組み込まれています。オバマ大統領の演説は、「高度に知的」な表現と、フランクで親しみやすい表現のバランスが絶妙なのです。

大統領がよく使う「句動詞」、phrasal verb にも秘密が隠されています。phrase とは元々「発話」を表します。 つまり、「声に出された言葉」。簡単な表現を何の抑揚もつけずにただ棒読みしてしまえば、恐ろしくつまらないスピーチになってしまいます。

先に挙げた

All this we CAN do, all this we WILL do.

では、<CAN> と <WILL> が強く強調され、「やるんだ!」という気持ちが伝わってきます。抑揚や強弱のつけかた、間の取り方などで、平明な表現が色づけされ、情緒あふれるメッセージに生まれ変わるのです。そのあたりは、活字だけでは限界があるので、先日朝日出版社から発売されたばかりの『オバマ大統領就任演説』のCDと文章を照らし合わせながら確認していただければと思います。いずれにせよ、十年、 あるいは百年に一人生まれるかどうか、 と言われる類まれなる speech の才能の持ち主が、実はとっても簡単な英語を使っているということは、英語を学ぶすべての人にとってまさに<hope>、希望の光だと言えるでしょう。