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2008年8月20日 (水)

<生意気>in English なら 「フレッシュな心意気」~コッキー(cocky)?!

突然ですが、あなたは誰かに「生意気」と言われたことはありますか?

先日、海外経験も長く、現在も外資系の会社に勤めている方々と食事をする機会がありました。

そのとき、日本の組織だと、若い人が頑張れば頑張るほど「生意気」と言われてしまいがちだ、という話が出ました。その場にいた一人が、

 「外資系の会社で<生意気>なんて聞いたことないな。
  そもそも英語に<生意気>って単語自体が存在しないんじゃないの?」

と言い出したのです。これを聞いて私は、「生意気」というコトバには日米の間にある深~い文化的ミステリーが潜んでいるのでは? と考えました。

言われてみると、「生意気」というコトバはとても日本的。まず、日本語の意味から見てみましょう:

 ● 生意気(なまいき)  (日本国語大辞典)
 その柄ではないのに意気がった言動をすること、
 また、それにふさわしい身分や年齢ではないのに出すぎた言動をすること。
 知ったかぶりをしたり、きざな態度をとること  

要するに、「年齢や立場で言えばまだまだ若輩者なのに、身の程をわきまえず物を言う」ということです。

では「意気」はどうでしょうか?

  ● 意気(いき)  (日本国語大辞典)
 心に溢れる元気。気合。気概。いきごみ。気だて。心映え。気まえ。気性。きっぷ。
 意気地のあること。心意気

この「意気」、夏目漱石の『それから』に出てくるので英訳してみましょう:

 「僕はあの時の君の意気に敬服している」

   ↓   英訳すると…

Ya_2I was deeply impressed by the spirit you have shown then.

この「意気」には、 energywill なども当てはまりそうですが、いちばんしっくりくるのは spirit のように思います。

日本でも、「いい意味で生意気」というフシギな表現を最近よく耳にするようになりましたが、英語で「いい意味で生意気」と言うときに spirit はよく出てくるのです。

たとえば、新しい商品の企画を、部署の全体会議で若い社員が発表したあと、上司がこんなふうにねぎらいます:

Ya_2You've shown great spirit there, everyone seemed to be impressed by your proposal!
(すばらしい心意気を見せてくれたね、みんな君の提案に感心していたよ!)

あるいは「気合が入ってたね」「やる気を感じさせてくれたね」と訳してもいいでしょう。

spirit はカタカナ英語でも「チーム・スピリット」などで使いますが、これはただ単に「チーム精神」というより、「チームの気概・気骨」に近いものです。

こうやって見てみると、「意気」はもともと悪いものではないことがわかります。
「生」と「意気」に分けて「生意気」を直訳してみると:

fresh spirit

つまり、若々しく、エネルギーにあふれている精神、気だて、心構え。もし本当に日本語でもこの意味だったら「君は生意気だね!」なんて言われたらとっても嬉しいことでしょう。

でも実際には、「意気」に「生」がつくと「熟していない」「未熟」ということから「まだ若いクセに」となる……うーむ、残念(苦笑)。

英語で、この「悪い意味の」<生意気>にいちばん近いと思われるのは cocky です:

Ya_2Mike is such a cocky guy, he acts as if everyone in the team should listen to what he says.
(マイクは本当に俺様、俺俺なヤツだ、まるでチームのみんながアイツの言うことを聞かなきゃいけないって思ってるみたいだ)

単純に訳せば「マイクは生意気」でもいいのですが、なにかが違います。

というのも、 英語の cocky というコトバはもともと「雄鳥」からきていて、たけだけしい雄の鶏のイメージがあるんです。

だから、確かに自信過剰かもしれないし、つけあがっているかもしれないけど、その勢いで戦いに勝ってしまうような、そんな「若々しい強さ」を感じさせるコトバです。

一応ここでは「俺様な」「俺俺な」と訳しておきましたが、最近よく聞く「俺俺な」人というのは、実力と結果が「伴わない」人を表すので、やはり cocky のイメージとは違うところがあります。

上の文章のように体育会系の男性の間 (→ 女性にcockyは使えない?) ではよく cocky というコトバは出てきますが、必ずしも「悪口」とは限りません:

Ya_2Mike is so cocky, but he makes people listen to him.  That's why he always gets the biggest deal in town .
(マイクは本当に自信過剰でいけすかないヤツだけど、でもアイツの話にはみんな耳をかたむけるんだよ。だからいつもいちばん大きな取引はヤツが持ってくんだ)

最上級+in townは、「町(この辺り)でいちばんの~」
   成句的に「とっても~」という強調として使われることが多い。
  例:prettiest girl in town =「この辺りじゃいちばんのカワいい娘、
この辺りじゃとびきりのカワいい娘」 
       

なんとなく cocky の雰囲気、伝わりましたか?

つまり、アメリカでは、たとえその人物が「生意気」だったとしても、それ自体が特に批判の対象になるのではなく、あくまで「結果」で判断する、だから日本語の「生意気」のような「若いのに物申す」ことに対して強い否定的意味合いのあるコトバは存在しないと言ってもいいでしょう。

cocky を英英辞典で引いてみると、

 ● cocky(オックスフォード現代英英辞典)
 too confident about yourself in a way that annoys other people
 (他人を不快にするくらい自分に自信があること)

とあります。

<生意気>というよりはむしろ「自信過剰」に近いですね。

ちなみに、cocky の語源である cocc は、中世では「雄鳥のように歩く者」に対して使われたニックネームで、下働きや、見習い、召し使いなどの低い身分にある「生意気」な若い男を指したそうです。

つまり、西洋にも「身分・立場・年齢」が言動を制限するということが色濃くコトバの中にあらわれた時代があったということですが、それにしても中世ですから、相当昔のこと。

一方日本では、「出過ぎた行動」に対して即座に出される「レッドカード」のようにもなっている「生意気」。「生意気レッテル」を貼るということは、どこかしら人格まで否定するような攻撃力を持っています。

そうではなく、この言葉が本来持っている「意気」にもっと目を向ければ、若い人の芽を摘まずに「フレッシュな心意気」を伸ばしてあげることができるのではないでしょうか?

…という「生意気」な提案で今回のコラムのシメとさせていただきたいと思いますが、果たしてこれは fresh spirit なのでしょうか、それとも「生意気」なのでしょうか。