学生時代英語を勉強しなかったのは「後の祭り」
でも、<仮定法過去完了>は今からでも遅くない!
もう師走です、だいぶん寒くなってきましたね。
三回にわたってお送りしてきた conditional”もいよいよ今日で最終回です。それでは本腰を入れて、<ありえなかった...past unreal>=<仮定法過去完了>に取り組みましょう。
4.<ありえなかった...past unreal>=<仮定法過去完了> 【if節…(過去完了)had+過去分詞】 |
conditional”は、 時制を一般的な英文法の法則からズラすことによって、その事柄の<ありえない度>を表現する、つまりどれだけ<仮定>の話なのかの度合いを伝えるものです。
今回は、四つに分けた中でも一番<ありえない度>の高いものになります。まずは形を押さえておきましょう。
- If節…(過去完了)had+過去分詞「もし過去に~だったら」
- 帰結節…would/could/should/might(過去の助動詞)
+have+過去分詞「だっただろうに」
例文を見てみましょう。
If I had known you then, I would not have married my husband.
(もしあのころアナタのことを知っていたら、私は主人と結婚はしなかったのに)
ある人物が、結婚後、とても魅力的な人物と出会ったときに言うセリフ。でも過去に起きてしまったこと、つまり、もう結婚してしまっていることと、結婚前に新しい人物と出会わなかったことはどうしようもありません。時計の針は戻せないのです。
にも関わらず、「あの時出会っていたら…」とついつい<仮定>の話をしてしまうのが人間の悲しい性。
<仮定法過去完了>は、事実とは違う推測をする場合に使います。でもそれは<ありえなかった>ことになります、だって過去はもう起きてしまっているからです。
さらに例文を見てみましょう。
The dam would not have collapsed in the storm if they had reinforced it.
(もし補強していたならダムは台風で決壊しなかっただろう)
でも現実には、ダムは補強されなかった、だから台風で決壊してしまった…言ってみれば、<仮定法過去完了>ではその出来事自体は「ありえる」のですが、結果として「起きなかった」「そうならなかった」ために、事実は異なってしまった、ということを表します。
後悔先に立たず、と言いますが、これは仮定法過去完了の真髄を表していると言えるでしょう。
実際に、「後悔」する場面でよく使われます。
If I had studied harder, I would have passed the entrance exam.
(もし私がもっと頑張って勉強していたなら、入試に受かったかもしれない)
でも受からなかった、あぁもっと勉強すればよかった…という後悔になります。あとの祭りですね。
前回の3.<ちょっとありえないんじゃないの?...present/future unreal>=<仮定法過去>でご紹介した、 こんな例文がありました。
If I were the Prime Minister of Japan, I would/wouldn't raise the consumption tax.
(もし私が日本の総理大臣だったら、消費税を上げる/上げないだろう)
仮定法過去完了で、安倍元総理を振り返ってみましょう。
If Prime Minister Abe had made clear that he would not raise the consumption tax, he might have won the election.
(もし安倍総理が消費税を上げないと明言していたなら、彼は選挙に勝てたかもしれない)
当時の安倍総理大臣は、はっきりとは言いませんでしたが、選挙前に、消費税を上げる可能性を示唆(しさ)する発言をしました。
実際には敗戦の原因は格差問題と年金、そして一連の「カネと政治」にまつわる自民党への不信感が大きかったと言われていますが「消費税を上げません!」と安倍元総理が言っていたら、結果は少し違 っていたかもしれませんね。
かつて、 英文法で頭を悩ませた<仮定法>を conditional”にくくり直して改めて向き合ってみて、少しはもやもやとした霧が晴れたところがあったでしょうか。私は実は逆なんです(笑)。英語というのはとても奥が深くて、入り込めば入り込むほどその先がまだまだ続いているという言葉の迷宮なんですね。
でも、
If I had known the complexity of ‘conditional’, I would not have written about it.
( conditional”の複雑さを知っていたなら、 conditional”については書かなかっただろうに)
なんてことはありません。自分としても、いろいろな発見がありました。
12月、ということもあって、大学時代に塾講師をしていたことを思い出しました。悲愴感(ひそうかん)を漂わせ始める受験生に、どうやったら English”の楽しさを感じてもらえるかに苦心していました。
私がたどりついた結論は「英語の楽しさを知るにはまず<正しい英語>を知ることである」です。
仮定法がわからなくなった生徒がいたら、できるだけたくさんの例文を出してあげる。納得できるまで何度でも説明する。生徒が家に帰って、またわからない文章に出会ったら、また二人で考える。
そうすることによって、より多くの使い方が身についてゆきます。
英語圏の帰国子女が日本で育った人に「この英語はなぜこうなっているのか?」と聞かれても「説明できない、体で覚えているから」と言うしかない、ということをよく耳にします。
「体で覚える」
=“to practice until one can do it automatically
つまるところ繰り返し同じ用法にふれて、「暗記する」しかないんです(笑)。
「おいおい、楽しく! って言っても結局それかい!」とお叱りを受けそうですが、体で覚えてゆくことによって、今まで見えなかったニュアンスや含蓄(がんちく)がわかるようになる経験を積み上げて行くのは意外に楽しいものなのです。







