「現実」から逃げるのは“immature”
仕事がたまっていればいるほど、仲間と飲みに行きたくなる。寝る前にチェックしないといけない仕事があるのに、いつもは観ないテレビドラマを観てしまう。
そういうことって、誰だってしてしまいますよね?
いわゆる「現実逃避」。
英語でしっくりくるのは procrastinate =「ぐずぐずする」。
これはサリンジャー(J.D.Salinger)の『ライ麦畑でつかまえて』= The Catcher in the Rye で市民権を得た言葉と言われています。やるべきことを棚上げして、他の事をやってしまう、つまり「現実逃避」という意味合いでも使われます。
Holden Caulfield was procrastinating from his schoolwork.
(ホールデン・コールフィールド※は学業から逃避(現実逃避)していました)
※『ライ麦畑でつかまえて』の主人公
誰もが開いた口がふさがらなくなってしまった(= It left us all standing there with our mouths hanging open. )安倍総理の「政権放り出し」も、自らの「続投表明」から、数多くの実現していない「美しい国」の政策までのすべてを「棚上げする」―― procrastinate し続けた結果の敵前逃亡という感じがします。
これをまとめて言うなら、
After a long period of futile procrastination, Prime Minister finally turned his back against heavy loads of his own policy of ‘A Beautiful Nation,’ threw away his administration, and locked himself up in his own room like a spoiled child.
(不毛にも長い間ぐずぐずした挙句、総理大臣は自らの政策である「美しい国」の重責に背を向け、政権を放り出した上、甘やかされた子供のように自分の部屋に閉じこもってしまった)
でも安倍さんは、ホールデンのように多感な思春期の少年ではなく立派な「オトナ」なはずだったんですけどね。
社民党の福島党首に「坊ちゃん政権」と言われてしまいました。
安倍総理の突然の辞意表明(実際に次の総理が決まるまでは総理の座にあるわけで、まだ正式に「辞任」したわけではありません)、それに続く後継の自民党総裁選びをめぐる永田町のドタバタを取材している間に、いろいろ考えました。
思い出したのは、総裁候補の1人、麻生太郎幹事長(注:当面二階総務会長が代行をつとめるので肩書きとしては幹事長のまま)が外務大臣だったときのある発言について。
次のようなニュースが世界を駆け巡りました。
Japan's Foireign minister Taro Aso criticized the US policy in Iraq by commenting that ‘the operation after the occupation was very naive.’
(日本の麻生太郎外務大臣は「占領後の作戦は非常にナイーブだった」と発言し、アメリカのイラク政策を批判した)
となります。これを見て、あれ?? と思われた方、多いのではないでしょうか?
そう、不思議なことが起きているんです。
これは「問題発言」として話題になったあの「イラクにおけるアメリカの占領政策は非常に幼稚だ」というものです。
本来なら childish と訳されるべきところ、なぜか海外には「幼稚」が naive として伝わっているんですね。
ここに翻訳のマジックがあります。というより、非常によろしくない例です。ことの真相は、仮にも同盟国日本の外務大臣という要職にある人間が(たとえアメリカ国内の評判がよくないといっても)アメリカの政策を childish と言ったとなると上を下への大騒ぎになってしまう( the whole place will be in a scramble. )。
そこで頭を抱えた外務省のお役人が思いついたのが、 naive だったのでしょう。うまいことに、確かに誤訳とは言い切れません。
日本語での「ナイーブ」は「繊細」というイメージがありますが、英語だと「未経験の世間知らず」という意味になります。ある物事についてよく知らないがために、間違った判断をしてしまいがちなことを表します。
たしかにこの naive という単語の定義を考えると、 イラク戦争、戦略、そして現在の泥沼化にいたるまでの一連のアメリカのイラク政策の一面を表していることは論理的には否定できないでしょう。外務省もよく考えたものです。結果的には、日本で心配されたほどにはアメリカでは問題になりませんでした。
本来 childish とすべき「幼稚」を naive でごまかした、 日本外務省の世紀の名/迷訳がなかったら、麻生氏は今総裁候補になってはいなかったかもしれません。
それほど「幼稚」を指す childish は、成人した大人に対しては強い侮蔑的表現になります。たとえばこの例文を見てください:
Can you believe Prime Minister Abe?! He threw away※1 the administration just because he couldn't take it anymore※2. Can you come up with※3 something more childish than that?!
It's so immature※4!
(安倍首相信じられないと思わない?! もうこれ以上耐え切れないからって政権を投げ出しちゃった。これ以上幼稚なことなんてないと思わない? 本当に大人気ない)
※1throw away~(~を投げ出す)
※2can not take~anymore(~にこれ以上耐え切れない)「~でいっぱいいっぱい」という意味でよく使われます
※3come up with~(~を思いつく)
※4immature(未熟な、大人気ない)
childish をきちんとした社会人に使うと、「子ども」である、つまり「責任能力」がまるでない、言ってみれば社会的不適応者というレッテルを貼られたのと同じことになってしまいます。
ですから、かなり感情的になっていないと使いませんし、同僚などの間よりも、男女間で使われることの方がまだ多いでしょう。
でも、「子どもな人」ってどの職場にもいますよね。実際、私も自分のこと「子どもだな~」ってよく思います。そんな時に便利なのが、この immature という形容詞。
これはもともと mature =「成熟した」の否定形です。 mature は、実は果物が「熟した」状態を表すのによく使われます。
This pear is mature.
(この洋ナシは食べごろです)
This apple is not mature yet.
(このリンゴはまだ熟していません)
そう、まさに果物が熟すように、「成熟している」「大人である」というのが mature です。その逆、 immature は、このように使います:
George, my colleague, deleted my client's file to get back at※ me. He is SO immature.
(同僚のジョージは、僕に仕返しをするために、僕のクライアントのファイルを削除したんだ。まったくガキな奴だよ)
※get back at~(~に仕返しをする)
この例文の場合、より感情をこめるためには so を強調すると感じが出るでしょう。「お友達内閣」だの「坊ちゃん政権」だの、なんとも情けないいわれ方をしている今の日本の政治に欠けているのは、まさに maturity =「成熟」かもしれません。
But I wonder whether Japanese politics will ever be mature….
(でも日本の政治が「成熟」することなんて本当にあるんだろうかと思ってしまいます)







