toll free かと思いきや…
そろそろコートを羽織らないと朝晩は冷える時期ですが、皆さまにはお変わりなくお過ごしでしょうか。私はといえば、連日寒空の下で待機する取材が多く、かなりこっぴどく風邪をひいてしまいました。
長野県で起きたある事件で、一日の取材が終わって宿につき、冷えた体を湯船で温め、さぁ髪の毛を乾かそうかという午前1時「ナナオさん今からインタビュー取れるかもしれないんですぐロビーに下りてきてください」というディレクターからの電話。
外の気温は7度とか。その時は平気かと思っていたんですが、やっぱり体にはキテいたみたいで、翌日から高熱を発し、病院に行くと急性胃腸炎ということ。一日家で待機させていただきましたが、その次の日にはまた出動。
週末はひたすら横になっていました。
テンションは高いので平気だと思っていても、体には結構たまっている疲れっていちばん怖いのだということを思い知りました。
英語で、こういう表現があります:
take toll on ~ |
私が今使うとすれば、
The non-stop reporting took toll on my health(or body).
(連日の取材(の疲れ)が健康(あるいは体)にきました)
toll というのはもともと「料金」「税」が語源の単語ですが、たとえば高速道路の料金を toll といいます。「通行料」「使用料」ですね。
あるいは長距離通話のコマーシャルで toll free という言葉がよく使われますが、これは「通話料無料」ということになります。
よりフォーマルな使い方では「犠牲」や「犠牲者」を表します。ちょっと悲しい例になりますが、
The death toll of the earthquake has amounted to 20.
(地震による死者は20人にのぼりました)
という使い方をします。
amount to ~ は、「~にのぼる」という「量」の表現でよく使われますから覚えておくと便利。
mount は Mount Fuji などのように「山」を意味する名詞であるとともに、動詞ですとまさに 「~にのぼる」「~にまたがる」になりますから、 それに a と いう強調がついている、そんな覚え方ができます。
何かが take its toll on me =「自分自身に toll を課す」という言い方は、かなり頻繁に聞きます。私の場合は自分の「体」あるいは「健康」に「取材」の toll が課された、という表現になりましたが、これはもっと単純に
The non-stop reporting has taken its toll on me.
(連日の取材(の疲れ)がとうとうきたね~)
といったふうな感じになります。
たとえば日本語で「年貢の納め時」なんていう表現がありますね。
これに非常に近い意味合いで、 toll は使われます。「年貢」も toll も、元の意味は「税」であることは同じ。
脱税は絶対にいけませんが、比喩的な表現では、何らかの「義務」を怠ることを表すのに toll も「年貢」も便利です。
体が丈夫であることを過信して、「体」税を納めてこなかった、すなわち「きちんと体を休めてこなかった」ということで、一気に「○査の女」がチェックをいれにきて、どかっと体調を崩し、休まなくてはいけないはめになるんです。
つまりは、ずっと支払うことを怠っていた toll や「年貢」をとうとう納めなくていけない事態を、
<A> take its toll on <B> |
という言い方をします。 この<A>は、例えば「酒びたりの日々」でもいいですね、 days of drinking が、<B>=「彼」に対し「 toll (年貢)を払え」と迫りにきた、とすると
The days of drinking took its toll on him.
(酒びたりの日々のツケがとうとう彼の体にきた)
でしょうか。あるいは意訳して、「彼も酒びたりだったがそろそろ年貢の納め時だな」でもいいでしょう。
自分の体の管理だけは本当に自分の責任です。
toll free では通話料無料も顧客獲得のための出血大サービスなわけですが、世の中そうそう甘い話が多いわけではありません。
SoftBank の携帯市場参入が本格始動、番号ポータビリティも始まりました。通話料無料をうたった SoftBank ですが、どうやらシステムの不備でごたごたしているようですね。
この SoftBank の携帯市場参入で、日本ではあまり聞きませんが、海外の経済誌などをみていると必ず出てくる言葉があります、それが:
convergence |
これは「コンヴァージェンス」というふうにカタカナ表記で使われることも多い単語で、簡単にいうと異なるサービスの「一点への集中」「融合」ですね、「規制緩和」の申し子のような現象です。
つまりパソコンもネットも電話もテレビも、全て一つに converge =「集まる」ということです。
大手メディア資本がネットベンチャーを買収したり、その逆もまたしかりであったり、 ネットとテレビと通信をめぐる M&A が世界中で大盛り上がりです。
その中の一つの例として SoftBank の携帯市場参入が挙げられることが多いんです。
ケーブルTVも、地上波TVも、インターネット接続も、携帯電話も、すべて一つの会社が提供して、一つの機械でできたほうが「お安くなる」というのが消費者にとっての「うまみ」であると企業側は説明しています。
そのために多額の投資が行われているわけですが…。
それは確かにそうでしょう。携帯電話も、ケーブルテレビも、家のパソコンも、どれも別々の会社に支払うよりも、全部同じところの方がそれは安くなるだろう、というのは分かります。
数年のうちに、あなたの電話もパソコンもケーブルも、世界中にある数社のうちの一社のサービスに converge する可能性があるんです。
ところが…そんな世界では一体何が「競争」を生むのでしょう? 当然ながら「価格競争」になりますよね。これだけ巨額の投資を行ったあと、果たしてそんな熾烈(しれつ)な価格競争に大手資本は耐えられるのでしょうか?
いちばん心配なのは、「コンテンツ」です。 サービスの convergence に走ったあまり、「放送」あるいは「ネットメディア」の「コンテンツ」の予算削減、クオリティーの低下、という事態を招きかねないのではないかということを心配する声も上がっています。新規参入もより一層難しくなりますね。
今回は最後にこのセンテンスで締めくくりたいと思います:
I hope convergence won’t take its toll on ‘us.’
( toll が「下がる」ことがうたい文句の convergence が、我々に悪影響を及ぼすことがないといいんだけど…!)







