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2006年10月18日 (水)

自分の言葉で話している印象を与える ―要点をつく“come down to”、ノーコメントのための“take the fifth”

秋の風がだいぶん涼しく感じられる今日このごろ、お変わりなくお過ごしでしょうか… と、日本語ではお便りを書く際にこのような季節感のあるご挨拶で始めるのが決まりですが、季節感というのは地方によってかなり差があることを最近は実感しています。

スタジオを飛び出して、事件があると日本各地に飛び回っておりまして、先週は、下田、富士小山、下関、境港とまぁいろんなところに行きました。東京ではすっかり秋だと思っていたら、境港に着いたら暑いのなんの! 下田も静岡なので暖かかったです。

さて、先週の取材の中心はやはり北朝鮮の核実験にからむものでした。安倍総理大臣が異例の単独制裁に踏み切り、北朝鮮籍の船が10 月14日から日本に入港できなくなるということで、北朝鮮の船が多 く入港する下関と境港に行ったんです。

テレビを見ていますとニューヨークの国連をめぐる駆け引きが激しいようで、各国の国連大使の姿がテレビに映りますね。皆さん当然ながら英語が達者なんですけど、なかでも英語の「上手さ」で際立っているのが中国の王光亜国連大使ですね。

日本の外交官は皆さんもちろん英語はお上手なんでしょうけど、それよりも下手なことを話すのが怖いのか、日本語を話すときと同じリズムで「えー、うー、あのー」みたいな「区切り」が入っちゃうんですよね。

それを尻目に王大使、颯爽(さっそう)と国連の廊下を駆け抜けるときに、世界中の記者団に囲まれ、「決議案の交渉はどうですか?!」と聞かれ、こう答えました。

Ya_2It's all about ‘seven.

さらに質問が飛んできて、またこう答える。

Ya_2It comes down to chapter seven.

これを見てその堂々とした姿に「おっ」と思い、以来彼の動向をチェックしています。彼の答えを日本語に直します。

「すべては『7』にかかってるね」
「結局7章の問題なんですよ」

てな感じ。すごくカジュアルに答えているのをお分かりいただけるでしょうか。

~ is(are) all about A

「~はすべて<A>の問題だ」、あるいは「~はすべて<A>にかかっている」という意味です。 日本でも All About (オールアバウト)というサイトが人気ありますけど、あれは、なにかについて知りたいとき 「そのすべて」= all about (something) が分かるという意味合いでこの熟語を使っているのでしょう。

ただ、王大使の使い方は、ただ「情報」がたくさんある、という意味ではなく、もっと示唆的な意味合いが込められています。この違いを知ることが大事です。

ウェブサイトで使われる場合は、<A>に当たる部分は恐らく膨大でしょう。

たとえば「国連」と引けば辞書的に膨大な量の情報=<A>が出てくるはずです。

ところが大使の使い方、むしろ会話ではこちらのほうが圧倒的に頻繁に用いられますが、 <A>に当たる部分は限りなく一つの<点>のような少ない情報に収斂(しゅうれん)されていることを表します。

よく、インタビューや、この王大使への「ぶら下がり」(要人などに「ぶら下がる」ようにして記者が連なるのでこう呼ばれます)などで記者やキャスターが使う日本語に

「この問題の焦点はどこですか?」
「結局争点はどこなんですか?」

といった表現がありますね。久米宏さんはよくこういう言い方を効果的に使っていましたが、その伝統が古館さんにもきっちりと原稿で引き継がれていて興味深いですよね。

アメリカでは、以前も少し触れた CNN のラリー・キング氏の得意技です。 「つ
まるところ、どうなのよ?」という雰囲気があるんです。

~ is(are) all about A

を質問に変えることもできます。

たとえば、「決議案をめぐる一連の交渉は一体何が問題に(争点に)なっているんですか?」と聞きましょう。

Ya_2All these talks surrounding the resolution, what are they all about

主語は<All these talks (surrounding the resolution)>です。

ちなみに all these talks というのも、 実は使われ方によってちょっと癖の出てくる表現でして、ものすごくたくさんの会合や交渉が行われていて、それが一体どこに向かうのか、何を話しているのか分からず、記者サイドとしてはやきもきしているぞ~、という「ややうんざり」感が出てきます。

たとえば、会社で会議ばっかり続いていて何も決まらないときに「ぼやく」ように使うのも正しい用法です。

All these talks (meetings), and nothing has been decided.
(話し合い(会議)ばっかりでなんにも決まりゃしないよ)

日本語だと、 all these ~「~ばっかり」に当たりますね。

王大使に仮に all about を用いて質問したとすると、 「話し合いばっかりしていますが(やや失礼かも?!)、結局のところ何が問題なんですか?」となります。

恐らくそんなふうには聞かれていないかもしれませんが、 all about はこのように質問の中で使うとすごく便利です。

~ is(are) all about A ですが、各国の折衝(せっしょう)とぎりぎりの話し合いが進められる中で、結局問題はすべて「7章」の取り扱いに行き着くということを端的に王大使は表現しました。

要するに「武力行使」の可能性を中国・韓国としては盛り込んで欲しくない、これに対してどれだけアメリカが譲歩するか、ということが all about のたった二つの単語に隠されていたわけです。恐るべし英語の使い手、王大使。

さて、 ~ come down to A について。

これは、「~は<A>の問題である」、あるいは「~は<A>にかかっている」という意味合いで非常によく使われますから、覚えておいた方がいいでしょう。しかもかなり英語を使いこなしている感が出ます。たとえばどんなふうに使われるのかというと、

Ya_2The quality of an essay comes down to how much it makes you feel like reading.
(エッセイのクオリティはどれだけ読みたいと思わせるかにかかっている)

この場合、<A>に当たる部分が長くて <how much it makes you feel like reading>の全体になります。

この ~ come down to A は、 ビジュアルに想像すると分かりやすいと思います。

ずらずらずら~~とさまざまな事柄がに並んでいます。 それらから矢印を down =「下」の<A>のところにび~っと引っ張ってください。

国連をめぐるいろいろな動きがすべて<下>にある「7章」に集約されていき、最終的に「7 章」に「落ち」着くことが分かるのではないでしょうか。

要するにそういうことなんです。とても肉体派な感じ(?)のする表現なんですね、これは。

法治国家であるアメリカ合衆国では、みんながよく知っている法律は、その条項の「数」だけで言い表されることが非常に多いです。たとえばいちばんよく使われるのが

take the fifth

直訳すると「5番目を取ります」になっちゃう。これではまるで意味が分かりません。でもアメリカ人はなんだかすぐ分かるんですね。これを聞いた人は何を思うのかというと、「ああ何も話さないんだな」です。

なんでそうなるのか? 「5番目」= fifth はアメリカ憲法修正第5条のことです。第5条は、簡単に言いますと法廷で自分が証言したことが自身の不利益な形で利用される危険性がある場合には話さないことを権利として与えているんですね、いわゆる黙秘権のようなものです。

マッカーシズム吹き荒れる「赤狩り」の時代にも多くのハリウッドの脚本家が「あなたは共産党員ですか」と聞かれ、

Ya_2I take the fifth.
(ノーコメントです)

と答えたことはよく知られています。それは、こんなばかげた赤狩りには「答える必要がない」という強い意志の表明でもあったわけです。

そんなわけで王大使は、よく知られている法律は「数字」で言うところに至るまで、アメリカの文化に精通した英語を使いこなしていらっしゃる。

これは、交渉の場においては相当の武器であるはずです。

しかもなんだか説得力ありそうな感じしませんか、この人。それは、自分の責任において、自分の言葉で話している印象を与えるからです。

日本の国連大使は、官邸と帳尻(ちょうじり)を合わせた外務省の意向がペーパーにされていて、記者に何か聞かれたらその部分に該当するところを「そのまま読んでいる」感じがします。

となると、交渉相手は「あ、こいつに話しても埒(らち)あかないな、自分の責任で話してないな」とナメてかかってくるでしょう。

どうも今回の国連決議をめぐる交渉で日本が置いてけぼりにされている印象が否めないのは、この辺りにその原因の一端があるような気がしてなりません。