アメリカと日本、それぞれの現実
「格差社会」と“Class Society”
心配された残暑も昨年ほど厳しくはなく、最近では夕食の時間に窓から吹き込む風に秋を感じていますが、皆さまいかがおすごしでしょうか。
安倍晋三官房長官も無事(?)総裁選立候補の運び、各候補の政策も高らかに宣言されるなか一つ目立つ日本語があります。
「格差社会」。
英語で言えばclass societyでしょうか。 これはしかし、「階級」=classのある社会、ということですから、 少し趣が違います。
というのも「格差社会」という言葉には、15年の間不況に耐え苦しんで、規制緩和と企業のリストラを経た日本経済が直面している「グローバル」化、その「弱肉強食」というシビアな現実に愕然(がくぜん)としている雰囲気があります(→「シビアな現実」を英語で言うと?)。
ところが英語のclass societyは、 このような「現実」は当たり前のものとして、受け入れているところがあります。
「格差」を強調するならばgapという言葉があります。 日本語の「格差社会」の「格差」にうまく呼応する単語で、よく「経済格差」=economic gapとして使われますね。
たとえば先週ハリケーン「カトリーナ」来襲から1年を経たニューオリンズの復興の様子を書いたアメリカの各紙では、
Widening Economic Gap (拡大する経済格差) |
という見出しが躍りました。金持ちはうまく復興しているが、貧しいものは被害を受けた状況からまったく抜け出せないでいて、被災者の間における「経済格差」が「拡大している」=wideningと いうことなのです。
「カトリーナ」の被害を受け、惨憺(さんたん)たる被害状況が連日報道されるなか、メディアのコメンテーター=punditが、
It looks as though it's in the Third World.
(これはまるで第三世界のようだ)
と発言する姿が多く見られました。このことについて、アメリカで新聞記者をしている私の友人が大層憤慨していました。
Everyone says that it's as though this is in the Third World, but this is America. They are all clueless.
(皆、「まるで第三世界」なんて他人事のように言うけれど、これがアメリカなのよ。皆まったくわかってない!)
(→「まったくわかってない」=cluelessの他の例文を見る)
「これがアメリカ」=This is America.
そのアメリカはつまり、数多くの「人種」によって構成される社会です。
アメリカの「階級」はrace=「人種」と切っても切れない関係にあることはよくご存じのことと思います。
「格差社会」という言葉に日本特有のお国事情が反映されているようにclass societyにはアメリカ特有の事情があるのです。
ただ、「格差」が広がりつつあるなか取りざたされる日本の「勝ち組」はアメリカのclass= 「階級」の上層部と非常に近い関係にあるんですね。 そのclassの上層部の生き方を象徴するのが
Corporate America
です。








