海外は東日本大震災下の日本をどう伝えたか
「ゆとり」があることの大事さを前回は話題にしましたが、東日本大震災が起きた当初、海外の報道を見ていると、日本人の「落ち着き」 や 「冷静さ」 をたたえる場面が目立ちました。 たとえば、Bloomberg のコラムニスト、ウィリアム・ペセック氏は以下のように伝えています:
■“The Japanese are as stoic as their reputation; the near-total absence of looting and crime in a landscape where houses have been cracked open and possessions lay on the streets is a testament to the virtues of the world's most orderly society.”
(「日本人はかねてからの評判どおり、とても冷静だ。家々はぱっくり割れ、人々の所有物が道路におかれた状況で、略奪や犯罪がほぼ皆無だということは世界で最も秩序だった社会であることを証明している」)
※near-total absence……………ほとんど皆無
※looting…………………………略奪行為
ここで <stoic> という日本人への評判を 「冷静」と訳しました。和製英語の「ストイック」ですと、「禁欲的」という意味で使われますが、本来の英語では「冷静」というイメージが一般的です。世界は、震災にあたっての日本人の「冷静さ」を評価しました。どういうことかというと、被災地での助け合いや、計画停電にあたっても首都圏の住民が積極的に協力し、生活必需品を買い求める行列に何時間も混乱も起こさずに並ぶ日本人の姿に、世界は驚愕(きょうがく)し、そして賞賛のまなざしを向けたのです。地震が発生してから海外のテレビの報道を見ていると、被害の規模の大きさを伝える中で、記者が必ずと言っていいほど付け加えていたのが、日本人の「落ち着き」です。
あるリポートでは「もともと日本人は列にきちんと並ぶことで知られている国民だが、地震が起きてからは」:
■The lines are even straighter than before in Japan.
(日本では以前にも増して行列の列がまっすぐになった)
と伝えていました。たとえば、地震発生時に首都圏で公共交通網がすべて停止し、多くの人が徒歩で帰宅することになった時も、このように伝えられていました:
■Hundreds of thousands of people suddenly had to walk home, but the most remarkable thing is that everything was done in an orderly manner, everyone kept their composure, and there were almost no scenes of confusion or trouble. People calmly listened to the instructions given by their employers or government, and followed them without complaining.
(数十万人単位もの人が突然徒歩で帰宅せざるを得なくなりましたが、最も特筆すべきなのはすべて秩序だって行われたことです。誰もが落ち着いていて、混乱や問題が発生する場面はほとんど見られませんでした。人々は職場や政府の指示を落ち着いて聞き、不平不満を言うことなく従っていました)
※in an orderly manner………規律正しく、整然と
※composure……………………落ち着き、平静
たしかに、あの日を振り返ってみると、突如としてすべての電車がとまり、何キロも、何十キロも歩いて帰る人で道路が埋め尽くされたのにも関わらず、大きな混乱は起きませんでした。首都圏の帰宅困難者は誰もが「被災地の人々は比較しようがないほど大変な状況にある、少なくとも私たちにできることは、整然と、冷静に行動することだ」と考えていました。それは、日本にいる人にとっては当たり前のことでも、海外からみると驚くべきことだったのです。また、多く見られたのが <resilience> という言葉です。これは「回復力」です。たとえば関東大震災からの復興、そして第二次世界大戦のあとの焼け野原から立ち上がった日本人の<resilience (回復力)> の強さは世界が認めるところです。今回もまた日本人はその<resilience> を見せるだろう、 というのが世界の見方の大勢を占めています。
ペセック氏は別の記事でこのようにも伝えています:
■“True, things are far from normal. Prosperous Japan isn't accustomed to humanitarian crises. It's a shock to see shantytowns popping up in the northeast - hundreds of thousands huddled into overcrowded shelters without enough water, food, blankets, medical supplies and other essentials. Yet the stoicism one sees in Tokyo, even as prospects for safety dwindle, is truly remarkable. It's not that we in Japan don't get what's afoot....Amid such uncertainty, one thing is clear: Rumors of Tokyo's death are wildly premature.”
(「たしかに、物事は平常とは程遠い状況だ。豊かな国日本は人道的危機には慣れていない。東北ではバラックの町が突然現れ、数十万人もの人が十分な水、食料、毛布、医薬品などの必需品がない避難所で肩を寄せ合っている様子はショッキングだ。だがしかし、安全が脅かされているにも関わらず東京人が見せる冷静さは正に驚異的だ。それは日本の人々が何が起きているかを理解していないということではない。……これほどの不確実さの中で、一つだけ確実に言えることはこれだ。東京は死んだというウワサは恐ろしく時期尚早だ」)
※humanitarian crises……人道的危機
※shanty……………………バラックの、掘っ立て小屋の
※stoicism…………………冷静さ
※dwindle……………………(品質などが)落ちる、衰える
※what is afoot……………起きていること(<afoot> は「進行中の」という意味)
※amid………………………~の中で
※premature…………………時期尚早な
一部の海外報道では、日が経つにつれて「日本はもうおしまいだ」といった論調がたしかにありました。ペセック氏はコラムの中でそれに対して強く反論しています。多くの不確実な情報が飛び交う中で、国内、海外に限らず、現実とは異なる情報が伝えられたこともたしかにあるでしょう。ただ、いずれにせよ今回の震災で世界が見たのは、日本人の <stoicism(冷静さ)> であり、そしてこれからは間違いなく <resilience(復活力)>、 あるいは<real strength(底力)> となるでしょう。
最後になりますが、2006年8月にはじまったこのコラム、“Express Yourself”は今回が最終回になります。日本語と英語の表現の違いや、あるいは逆に一致するところから社会と文化について考えてきたこのコラムは、自分にとっても毎回学びの場でした。100回を超える長きにわたって、ご愛読いただいた皆様に、心より御礼申し上げます。これからは、外国の報道機関に入り、これまでよりも一層、英語と日本語のニュースに関わることになります。この試練の時を日本がいかに乗り越えるかを伝えていきたいと思います。みんなで一緒に頑張っていきましょう。