Vol.3 『ゴールデンスランバー』

評者:青山ブックセンター 六本木店/間室道子さん
“『ゴールデンスランバー』って、もう充分有名じゃん?売れてるじゃん?”とお思いでしょうが、すでにお読みの方にも、未読の方にも、たぶんまだあまり知られてないこの作品の読みドコロをお教えいたしましょう。
伊坂幸太郎さんの作品のいくつかには、表紙に海外向けタイトルのような英語が添えられています。『ラッシュライフ』には“A LIFE”。『フィッシュストーリー』には“A STORY”。で、「黄金のまどろみ」を意味するこの『ゴールデンスランバー』に書かれているのは“A MEMORY”。
そう、たしかにこれは、思い出、記憶の物語。首相暗殺の濡れ衣を着せられ、外を歩けない、隠れ場もないという青年の、ただ一つの武器が、思い出なのです。学生時代、友達があんなことを教えてくれた。前の勤め先のあの人はこんなふうにしていた―その記憶が宝物のように、彼を助けていきます。
そして、数少ないですが味方も現れます。昔の恋人。離れて暮らしている家族。彼と、思い出をたくさん分かちあってきた人たち。
“彼はそんな人じゃなーい”的な、センチメンタルな思い込みではありません。マスコミや世間は「いくらいい奴でも、十年もたてば人は変わるさ」と簡単に判断します。でも彼となつかしい時間を過ごした人たちは“ご飯の食べ方が変わったり、父親から「男としてサイテーの行為だからな!」と禁じられていたことをやってしまうほど、人って変化するのか?どこかおかしい…”と、かえって事件を冷静に見つめ、主人公をはげましたり、こっそり手助けしたりします。
表紙になにげなく添えられた言葉が、物語の読みどころを教えている。伊坂作品らしい仕掛けです。そしてこのお話で最もヒヤリとするのは、読後「もし同じ目にあったら、自分にはどんなかけがえのない記憶、思い出が…」と我が身をふり返った時かもしれません。
今年の本屋大賞、山本周五郎賞受賞作。
間室道子さん
青山ブックセンター六本木店勤務。書店員暦は約20年。
「ずっと文庫一筋でしたのに、2006年に文芸書担当となり今なお新人気分です」(本人談)。週刊誌『サンデー毎日』で月イチ書評を連載中。好きな作家は法月綸太郎。
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